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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.12

お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』

goemon001.jpg石川五右衛門(江口洋介)、猿飛佐助(ゴリ)といった講談上の人物が、
紀里谷和明監督の斬新なビジュアルセンスによって現代に甦った歴史
エンターテイメント『GOEMON』。(c)2009「goemon」パートナーズ

 日本人離れした、類い稀なる映像センスの持ち主である紀里谷和明監督の5年ぶりとなる新作映画『GOEMON』が5月1日から公開される。中世から近世への時代の変換期にあった安土桃山時代を舞台に、実在した盗賊・石川五右衛門の目を通して、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、石田三成ら戦国武将たちの夢と野望を虚実ないまぜに描いたものだ。2007年の暮れ、4カ月にわたって『GOEMON』の撮影を続けていた紀里谷監督と食事をする機会があった。グリーンバック仕様のスタジオに篭っての撮影を続けていた紀里谷監督から「外部の記者にも撮影現場の様子を見てもらっておきたい」と申し出があり、暇を持て余していた自分にお鉢が回ってきたのだ。映画の撮影中に記者と懇親の場を持ちたいとは、欧米の上流社会人のような育ちの良さを感じさせるではないか。

 川崎の某体育館を改装した専用スタジオを訪ねると、紀里谷監督は手を休め、従来の時代劇のイメージから解き放たれた斬新な安土城や大坂城のデザイン画やセット、西洋の騎士を思わせるコスチュームなどを解説してくれた。昼食の時間になり、監督みずからバイキング形式のケータリングメニューからお勧め料理をサーブしてくれた。初対面の相手にも、ごく自然な振る舞い。やはり育ちの良さを感じさせる。きっと、シャンペンや高級ワインのコルクも手際良く抜くんだろうなぁと勝手に夢想した。

 製作発表前で脚本も読ませてもらってない状態だったため、食事中の会話は紀里谷監督の前作『CASSHERN』(04)が中心となった。「まるで宗教画のような世界でしたね」と感想を告げると、紀里谷監督はにっこりとうなずいてみせた。

「ボクの芸術に触れた原点が宗教画なんです。ミケランジェロやダ・ヴィンチの絵画に憧れ、ボクも絵描きになりたくて15歳で米国に渡り、アートスクールに通ったんです」

 義務教育である中学を中退してまで渡米した紀里谷少年は、どこまでも真っすぐで純真で、宗教についても懸命に考えた。神は存在するのか? 人類はどのようにして誕生したのか? 世界はどのように成り立っているのか? 結局、このときの紀里谷少年が抱いた命題は、処女作『CASSHERN』の核となるわけだ。子どもの頃に観た陰のある風変わりなアニメのキャラクターを通して、”神とは何か?””社会と個の関係とは?”という問題を現代に問い掛けてみたかったに違いない。今、話題の監督だから観ておこうか、ロボット犬フレンダーは出てくるのかな、という軽い気持ちで映画館を訪れた人たちは戸惑ってしまったのも無理はないだろう。『チェ39歳 別れの手紙』で革命家チェ・ゲバラが南米ボリビアで崇高な志を説いたものの、現地の人たちは政治には興味がなかった……というのに近いかもしれない。

「『CASSHERN』はいろいろ言われたけど、ちゃんと黒字になっているんですけどね。でも今回はもっと王道的な内容で、わかりやすく、上映時間もぎゅっと濃縮したものになりますよ」と紀里谷監督はさわやかな笑顔で語ると、午後の撮影の準備に取り掛かり始めた。

 確かに完成した『GOEMON』は『CASSHERN』に比べ、非常にわかりやすくなっている。例えば、『CASSHERN』の”神は存在するのか”という観念的なテーマは、『GOEMON』では”家長不在の時代をどう生きるか”という今日的なものに置き換えられている。混乱の時代を先見性とカリスマ性で一気にまとめ上げた織田信長という”時代の家長”を失い、残された人々はそれぞれ選択を迫られる。家長制度はとうに崩れ、社会的なリーダーの不在が続く、現代社会がそのまま反映されている。

goemon002.jpg“運命の女”茶々を演じた広末涼子。『おくりびと』が
アカデミー賞外国語映画賞を受賞するなど、女優
としての輝きを取り戻しつつある。
(c)2009「goemon」パートナーズ

 ストーリーもシンプルだ。幼くして両親を失った五右衛門(江口洋介)は信長の薫陶を受け、忍者として成長するが、信長の死後は盗賊となり自由を謳歌する。一方、幼なじみの才蔵(大沢たかお)は忍者という影の存在から武士(=正社員)になるため、意に添わない汚れ仕事を引き受ける日々だ。そんな折、五右衛門は信長の姪である茶々(広末涼子)と大坂城でばったり再会し、2人の淡い恋愛感情に火が灯る。五右衛門vs才蔵のアクション対決の合間にラブロマンスが盛り込まれた、わかりやすい展開となっている。

 全編デジタル加工された映像の中で、広末涼子が生の輝きを放っているのが印象的だ。テレビやCMでの露出が多いため希少価値が低いが、広末涼子は映画女優として評価していい。ホタルが舞う渓流に佇む姿にはハッとさせられる。デジタルの世界とリアルな世界を繋いでみせる”時代に選ばれし女”の風情が漂う。そして、広末演じる美しい姫君・茶々のハートを図らずも盗み出してしまった五右衛門には”欲しいものを手に入れただけ”では済まない重責がのしかかってくる。血筋のよいお姫様と自由気ままに生きる放浪者との恋愛は、束の間の甘い生活と引き換えに哀しい結末に向かって進んでいく。家柄のしがらみを振り切ってみても、時代の流れが惹かれ合う2人の仲を切り裂こうとする。

 黒髪の似合う現代的なお姫様がスクリーン上で美しく哀しく輝けば輝くほど、客席で観ていた自分は”あの人”のことが思い浮かんでしまった。紀里谷監督がPVの世界でキラキラと輝かせてきた、あの”歌姫”のことだ。ひとりの女性を深く真剣に愛した男でなくては、こんなにも美しい映像は撮ることはできないはずだ。『GOEMON』は紀里谷監督が恐ろしく正直な気持ちで己の心情を綴った、痛くて切ない映像のラブレターなんだと思う。そして紀里谷監督の分身である五右衛門は大事なものと引き換えに、新しい時代の扉をノックする。果たして時代の扉は開くのだろうか。
(文=長野辰次)

goemon003.jpg

●『GOEMON』
プロデュース・原案・脚本・撮影監督・編集・監督/紀里谷和明
美術監督・ビジュアル・コンセプト/林田裕至
美術プロデューサー/赤塚佳仁
出演/江口洋介、大沢たかお、広末涼子、ゴリ、要潤、玉山鉄二、チェ・ホンマン、中村橋之助、寺島進、平幹二朗、伊武雅刀、奥田瑛二 配給/松竹、ワーナー・ブラザース映画 
5月1日(金)全国ロードショー公開
http://www.goemonmovie.com
(c)2009「goemon」パートナーズ

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最終更新:2012/04/08 23:05
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