「負け組なんていねえ」森義隆29歳が”補欠映画”を撮った理由
#映画 #インタビュー #邦画
昨夏に公開された映画『ひゃくはち』。甲子園を目指す高校球児たちを描いた作品だが、そこには既存の”高校野球映画”のような清廉潔白なイメージは存在しない。主人公は、野球の才能に恵まれず、すでにレギュラーポジションを諦めたふたりの補欠選手。練習後にはタバコをくゆらせ、盛大に酒を飲み、寮に戻れば女のコのことを妄想するばかり。
そんな”異例”の高校野球映画『ひゃくはち』は公開以降じわじわと評判を呼び、年末には、日本映画製作者協会に所属するプロデューサーがデビュー3作目までの新人監督から選出する「新藤兼人賞」を受賞した。1月23日のDVD発売を前に、29歳の監督・森義隆にこの”補欠映画”にこめた思いを聞く。
──今回、補欠を主人公に選んだ理由は何ですか?
「僕自身が高校の野球部出身なので、本物の高校野球を描こうと思って。そのときに、キレイ事は言いたくないと思ったんです。高校野球って、一般的に美しいものだと思われているし、感動を呼ぶのがそういう”美しさ”の部分だということも理解できる。でも、本当の野球ってテレビの『熱闘甲子園』みたいな美しいことばかりじゃない。レギュラーも補欠も、サボったり、友達を裏切ったり、ライバルを蹴落としたりというのが当然あるんです。甲子園に到るプロセスが全部清らかかと問われれば、明らかに違うんですよね。だって、男子高校生なんて、酒は飲みたいし、タバコも吸いたいし、女の子とヤリたい年頃に決まってるじゃないですか。僕は、そういう現実を含めて高校野球の”清々しさ”だと思うんです」
──作品の中で、「レギュラーvs補欠」という対立の構図が描かれます。いわゆる「勝ち組・負け組」を意識しましたか?
「それはありますね。今の社会って何でも『キレイ/汚い』『勝ち/負け』『正しい/正しくない』……と、世論が二極化しているように思うんです。特にメディアは、勝ち組か負け組か、とすぐにカテゴライズする風潮がある。それに常々嫌悪感を抱いていて」
──嫌悪感、ですか。
「そもそも僕は、負け組なんていねえよ! って思ってるんですよ。人を勝ち負けで語るという発想そのものに疑問を感じる」
──なぜそのような風潮になっているのでしょう。
「今、大人ががむしゃらになる姿が見られないんですよね。何かに必死になって頑張る代わりに、『勝ち組・負け組』という言葉で逃げているように感じる。それに比べて、高校生ってバカじゃないですか。分をわきまえないし、小さなことにも全力になれる。それは、周囲から見れば『負け組がもがいている』としか見えなくても、彼らにとっては生死に関わるくらい重要なことなんです。他人からの視線なんて感じられないほど、彼らは鼻水たらして必死になる。そうなると、もう勝ち組も負け組もなくて。そういうバカさ加減こそが青春だと思うし、今の大人はその青春のバカさを失ってしまったなあ、と」
──大人も鼻水たらして必死になれよ、と?
「まあ、そんな啓蒙思想はないですけれど(笑)。でも、嫉妬してほしいな、と思いますね。補欠の奴らから感じ取れる輝きのようなものに、嫉妬してほしい」
──実際のキャストも現役の高校生です。
「最初はハタチを過ぎた役者を起用しようと思っていたんですが、彼らを見たとき、『リアル高校生パワー』に圧倒されましたね。撮影でも生身の魅力を多く入れるようにもしました。カメラを回しっぱなしで、カット割せずに自由にアドリブをしてもらって。若い肉体や感性から自然と出てきた言葉を信じたかった。彼らには経験も技術も全然ないし、受け答えも見当違いだったりしたけれど、彼らのその未完成さにとにかく魅力を感じて、僕自身も嫉妬しました。ああ、若いって良いなあ、って」
──彼らに特に要求したことはありますか?
「自分も高校時代はそうだったんですが、野球の練習はすごく辛いんです。辛いし、試合にも出られないのに、なぜ野球をやり続けるのか。その問いを彼らに何度も投げかけましたね。『なぜお前たちは野球にしがみつくのか』。結局最後まで2人の答えは出なかったけれど、撮影中はとにかくそれを考え続けてほしかった」
──その問いに、監督はどういう答えを出されたんですか?
「映画のラストで、一応『俺は野球が大好きなんだ!』というセリフを用意したんですが、結局それくらいの答えしか出てきませんでした。でも明確な答えが見つからないから続けられるし、続けることが大切だと思うから」
──そういう意味では、この映画は現役高校球児への先輩からのメッセージとも言えますか?
「それもありますが、僕と同年代の20代後半から30代の人にも見てほしいですね。この映画は、もしかしたら世間が見たい『高校野球』や『青春』じゃないかもしれない。けど、最近湧き上がる思いがないなあ、とか、いつの間に情熱とかなくなっちゃったんだろう、とか悶々とするばかりで何もしない大人たちに見てほしい。そして、高校生の持つパワーに嫉妬してほしいですね。高校生はバカだから、言われなくても頑張るでしょうし(笑)」
●もり・よしたか
1979年、埼玉県生まれ。99年、映画『畳の桃源郷』で水戸短編映像祭審査員奨励賞。00年、映画『カル』でPJ映像祭グランプリ。01年よりテレビマンユニオンに参加。『ガイアの夜明け』(テレビ東京)、『わたしが子どもだったころ』(NHK)などドキュメンタリー番組の演出を手がけ、『ひゃくはち』は長編第一作となる。
●『ひゃくはち』
<ストーリー>
雅人とノブは甲子園常連野球部の補欠部員。出場メンバーの当落線上ギリギリの2人はあの手この手でベンチ入りを企てるが、鬼監督サンダーから命じられるのはライバルチームの偵察など雑用ばかり。挙げ句、超有望株の新入生が入部し、残された席はあと一つ……。今まで支え合いながら頑張ってきた親友同士の2人は、最後の夏の甲子園ベンチ入りを懸けた熾烈な争いを決意する──。
<スタッフ>
監督・脚本・編集:森 義隆
原作:早見和真(「ひゃくはち」集英社刊)
主題歌:湘南乃風「晴伝説」(トイズファクトリー)
<キャスト>
斎藤嘉樹/中村蒼/市川由衣/高良健吾/北条隆博/桐谷健太/光石研/竹内力
『ひゃくはち プレミアム・エディション』
DVD1月23日発売:4,935円(税込)《2枚組》
発売元:RIKIプロジェクト
販売元:ジェネオン エンタテインメント
(C)2008「ひゃくはち」製作委員会
108は煩悩の数、野球のボールの縫い目の数。
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