ハリウッド人気監督ギレルモが語る宮崎アニメへのディープラブ
#海外 #映画 #インタビュー
一線を画すこだわり派の映像作家だ。「宮崎駿サンが参加していた東映アニメを、
子どものころから見ていた」と語る熱烈な日本アニメファンでもある。(撮影/粟根靖夫)
福田沙紀ちゃんが表紙で微笑む本誌サイゾー11月号を、ハリウッドからやってきた大男は興味深そうに手に取った。
サイゾー・イズ・ジャパニーズ・レジェンド・ニンジャ。英検4級レベルの拙い英語で説明すると、大男は体を揺すって笑った。
「こんな可愛い女の子が、ニンジャなのかい? 信じられないよ(笑)。へぇ、宮崎駿サンの特集ページも組んでいるんだね。まだ『崖の上のポニョ』のDVDは日本でも売ってないかい? 日本の配給会社に『宮崎サンに会いたい』と頼んだけれど、宮崎サンは忙しくて、時間がつくれないらしい。残念だけど、仕方ないよね」
笑ったと思ったら、肩を落として体をすぼめてみせた。大きなテディベアのぬいぐるみを思わせる、愛嬌のある男だ。
ここまでのやりとりを読むと、ただのアニメオタクの米国人と思われるだろうが、この大男はメキシコ出身のギレルモ・デル・トロ監督。前作『パンズ・ラビリンス』はスペイン語映画にもかかわらず、米国アカデミー賞で脚本賞ほか6部門にノミネートされ、撮影賞・美術賞・メイクアップ賞の3部門を受賞。興行的にも世界的な成功を収めた。現在はワーナー社で『ロード・オブ・ザ・リング』の前日談となる超大作『The Hobbit』前後編、ユニバーサル社では『フランケンシュタイン』と『ジキル&ハイド』のリメイク、加えて幻想小説の鬼才ラヴクラフト原作の『狂気の山脈にて』など6本のファンタジー大作を2017年まで監督することが決まっている。今、ハリウッドで最も忙しい監督と言っていいだろう。
全米で今夏公開され、週間興行成績1位を記録した『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』は、地獄生まれで米国育ちのヘルボーイ(ロン・パールマン)が主人公。ごっつい体に似合わず、猫とチョコバーを愛し、義理人情に厚い、妙に人間臭いヒーローなのだ。メキシコ生まれで、現在はハリウッドを活動の拠点に世界を駆け回るデル・トロ監督の姿を反映したキャラクターでもある。
「体がデッカくて、部屋の片付けができない点もボクとヘルボーイはそっくりだよ(笑)。それにボクが作る映画は米国映画でもなく、かといってメキシコ映画でもなく、またヨーロッパ映画でもない。ボクが作る映画は、デル・トロ映画なんだ。故郷のメキシコを離れ、ハリウッドで仕事をすることで自分自身を見つめ直し、デル・トロ映画ができ上がったわけさ。ヘルボーイもそう。地獄で生まれたけど、人間に育てられた彼は人間の心を持っている。でも、決して人間にはなれない。ヘルボーイはヘルボーイなんだ。今回、彼は魔界のモンスターたちと対峙することで自分は何者であるかということを見つめることになる。仕事を通して自分自身のアイデンティティーを見出していくという点でも、ボクとヘルボーイはとても似ていると言えるね」
デル・トロ監督は大の日本アニメ好きで有名。メキシコで過ごした少年時代、東映アニメ映画『長ぐつをはいた猫』(69年/宮崎駿がアニメーターとして参加)のテレビ放映に釘付けになっていたそうだ。本作に出てくる”森の神”や”ジャイアント・ドアウェイ”といった奇妙なクリーチャーたちは、『もののけ姫』の”シシ神”や『風の谷ナウシカ』の”巨神兵”などを連想させる。そのことと伝えると、つぶらな青い瞳をまばたかせた。
「宮崎サンは、ボクがこれまでに一番影響を受けたクリエイター。ボクの映画を観て宮崎作品を連想するなんて、光栄なことだよ。正直に話すけど、今回の作品は決して宮崎作品を意図的に狙ったものじゃないんだ。でも映画って製作者が意図した以上のものを観る人が読み取るもの。ふうむ、そうして考えてみると、『パンズ・ラビリンス』の森のシーンなども『もののけ姫』に通じる部分があるかもねぇ。ちなみにシリーズ第1作の『ヘルボーイ』の橋が落ちるシーンは、『長靴をはいた猫』に出てくる魔王の城のシーンをオマージュしているんだ(笑)」
デル・トロ監督いわく、本作の地下世界の市場のシーンは『ブレードランナー』の屋台街、クライマックスに登場する機械仕掛けの城はチャップリンの『モダン・タイムス』をイメージしているそうだ。宮崎駿作品だけでなく、古今東西の様々な作品から影響を受けているらしい。
「いろんなものから影響を受けることはいいことだよね。その上で、クリエイターはきちんと消化して、自分ならではのオリジナルなものに進化させていくことが大事なんじゃないかな。宮崎サンもフランスのコミック作家メビウスの影響を受けていることを自分で認めているわけだけど、でも宮崎作品はやっぱり宮崎監督ならではの作品としか言いようがないわけだしね。ボクはジム・ヘンソン(『セサミ・ストーリー』の人形デザイナー)のパペットも好きで、自分の作品にもパペットをよく登場させるけど、自分なりの演出を考えて、ジム・ヘンソンのスタジオのカラーとは異なるものにしているつもりだよ」
デル・トロ監督の代表作である『パンズ・ラビリンス』や『デビルズ・バックボーン』はスペイン内戦が時代背景として描かれている。本作も人間と魔界との休戦協定が破かれるという設定だ。デル・トロ作品には、いつも戦争の影がちらつく。その他多くのホラーファンタジーと一線を画す部分だろう。
「モラルが崩壊した今の社会は、一種の内戦状態と言えるんじゃないかな。でも、ボクが描きたいのは内戦そのものや大きな戦争ではないんだ。『デビルズ・バックボーン』は確かに戦争中の物語だけど、舞台となっている孤児院は戦火からは遠く離れた場所にあるんだ。でも、孤児院の中にはやはり戦争の空気が漂っている。遠いところで起きている戦争が、子どもたちにどんな影響を与えているのかを描きたかったんだ。『パンズ・ラビリンス』も内戦そのものよりも、ヒロインの少女とファシストである義父との家庭内で起きている小さな戦争を描こうとしたものなんだよ。少女は自分のモラルを最後まで貫き通すことで、小さな戦争に勝利するわけさ。今の時代を生きているボクらも、毎日が小さな戦争の連続じゃないか。戦争というと政治家や軍人たちに任せておけばいいやと思いがちだけど、日常で起きる小さな戦争に対してボクらがどういう決断を下すかも、とても重大だと思うんだ。本作ではヘルボーイと恋人のリズ(セルマ・ブレア)はそれぞれとても重大な決断をする。それはとても個人的な決断なんだけど、同時に世界の存亡に関わる重大な選択でもあるんだ。でも、いちばん大事なのは自分の心に対して正直な判断をできるかということ。それこそが本作のテーマであり、ボク自身のテーマでもあるんだ」
デル・トロ作品を観ていて唸らされるのは、『ブレイド2』『ヘルボーイ』『パンズ・ラビリンス』、そして『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』と作品がスケールアップするにつれ、ますます彼の個性が発揮されている点だ。並の監督なら、作品規模が大きくなるにつれ自分のカラーを失っていくものだろう。反対するスタジオを説得して『ヘルボーイ』シリーズではロン・パールマンを主演に起用するなど、デル・トロ監督の自作に対するこだわりは半端ではない。超大作が控えるこれからは、ワーナーやユニバーサルといったハリウッドのメジャースタジオとの”戦争”が本格化することになりそうだ。
「ボクが描くヒーローは、これまでのハリウッドのヒーローたちとはずいぶん違うよね。でも、ボクはヒーローは必ずしも完璧でなくてもいいと思うんだ。ヒーローだって、ミスをすることもあるんじゃないかな。自分の犯した失敗を認めて、責任をきちんと取ることができるヒーローこそが本当のヒーローじゃないかい? 自分が間違っていることに気付いたら、自分の進む道を改めることができる人間であること。それがボクにとっての真のヒーローなんだ。ボク自身がこれからメジャースタジオと”戦争”することになる? 確かにそうだね(笑)。期待に応えられるよう、頑張ってみるよ!」
『長靴をはいた猫』を観て育ったデル・トロ監督の胸の奥には、”長靴をはいた猫”ペロのような勇敢な騎士道が今も息づいているようだ。アディオス、アミーゴ。サイゾー本誌を片手に次の取材へと向かう大男の背中を見送りながら、慣れないスペイン語が口からこぼれ落ちた。
(取材・文/長野辰次)
『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』
超常現象捜査防衛局「BPRD」に所属するヘルボーイ(ロン・パールマン)、水棲人エイブ(ダグ・ジョーンズ)らはNYのオークション会場に現れた凶暴な”歯の妖精”たちを退治する。やがてヘルボーイらは魔界の王子ヌアダ(ルーク・ゴス)が人類を抹消する無敵軍団ゴールデン・アーミーの復活を企んでいることに気付く。シャイな性格のエイブと魔界の王女ヌアラ(アンナ・ウォルトン)とのラブストーリーには思わずホロリとさせられるのだ。
原作/マイク・ミニョーラ 監督・脚本/ギレルモ・デル・トロ 出演/ロン・パールマン、セルマ・ブレア、ダグ・ジョーンズ、ジョン・ハートほか 配給/東宝東和 09年1月9日(金)より、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー
http://www.hellboy.jp
ぎれるも・でる・とろ
1964年、メキシコ生まれ。米国で特殊メイクの第一人者ディック・スミスに学び、監督デビュー作『クロノス』(92)はカンヌ映画祭批評家週間グランプリに。『ブレイド2』(02)、『ヘルボーイ』(04)などのヒット作を放つ。『パンズ・ラビリンス』(07)はアカデミー賞撮影賞ほか3部門を受賞。12月20日より公開中の泣けるホラーファンタジー映画『永遠のこどもたち』では製作を手掛けている。
「大人のためのファンタジー」とは、こういうこと。
【関連記事】 『ウォーリー』好発進に続き『地球が静止する日』に期待
【関連記事】 単館映画『バンク・ジョブ』実話に基づいた珠玉のサスペンス
【関連記事】 役者・遠藤憲一『Vシネ』への思い「その素晴らしく血塗れた世界」
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事