ユーミンとSouljaを結びつけた仕掛人の「ザ・芸能界」な過去
#音楽 #本多圭の「芸能界・今昔・裏・レポート」
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
謎のユニット・Soulja×Misslimの「記念日」が大ヒット。発売前から、Misslimなる大物覆面歌手が松任谷由実であることは、ファンの間では知れわたっていたが、業界ではむしろ、この楽曲のプロデューサーが、あの川添象郎さんであることに驚きの色を隠せない。かくいう筆者も川添さんのプロデューサー生命は、あの”監禁・恐喝事件”で終わったと思っていた。
川添氏と親しいレコード会社幹部は「2年前に突然、川添さんから電話があって、『Souljaという歌手をやるんで会ってくれ』と言ってきた。そのときは、ガラが良くない男の子という印象が強くて売れるのかと思ったけど、見事ブレイクさせましたからね。この世界は、勝てば官軍ですよ」と言う。
川添さんは、明治の元勲・後藤象二郎を曽祖父に持ち、祖父は、日活の前身、日本活動フィルムの初代社長で、母親は世界的に有名なピアニストの原智恵子さんというクオリティの高い家柄の生まれだ。
「父親は六本木近くの飯倉に、キャンティという、文化人や芸能人が通う店として知られるイタリアンレストランを作った人物です。川添さんは若い頃から、”キャンティの息子”として知られ、また、加賀まり子らと”六本木野獣会”という不良グループをつくるほどの遊び人として、芸能界では名前が知られてました」(芸能関係者)
川添さんはその後、アルファレコードの立ち上げに携わり、YMOやユーミンをプロデュース。ブロードウェイで人気だったミュージカル『ヘアー』を日本に持ってきて公演したことで、プロデューサーの地位を確立したが、1970年、出演者と大麻を吸ったことが発覚し、逮捕された。
その後、女優の風吹ジュンと81年に結婚。風吹は、デビュー前に銀座のミニクラブ「徳大寺」でホステスとして働いていた。当時、このクラブは芸能界の登竜門と呼ばれ、中村雅俊と結婚した五十嵐淳子や森田日記らがいて、風吹にも、かなり乱れた言動が目についた記憶がある。そんな風吹は、デビュー翌年の74年、”独立”をめぐって、暴力団関係者から拉致されるという事件を起こした。
「今でこそ、味のある女優を演じてますが、若いころは、かなりヤンチャしてたんです。それだけに、結婚生活がうまくいくか気になりましたが、川添さんとの間に二人の子どもができて、ホッとしました」(知人のマネジャー)
ところが川添さんは、”魔性の女”といわれた荻野目慶子と不倫。さらに”地上げの帝王”と呼ばれた最上興産社長の故・早坂太吉さんの”女子大生愛人”と噂された明子さんとも深い関係になった。
「早坂さんには、当時、銀座の”ピラニアママ”と呼ばれた安達洋子さんという愛人がいた。明子さんを”泥棒猫”呼ばわりして、騒ぎになりました」(クラブ関係者)
川添さんは、風吹も荻野目も捨て、明子さんと再婚したが、99年に今度は、覚醒剤所持で逮捕された。
その後、筆者は西麻布にある屋台の人気ラーメン屋の前で、早朝の4時ころ、川添さんに遭遇。話かけても、ただニヤニヤしているだけだった。酒に酔ってる風ではないのに、目が跳んでいたのが気になった。それから、しばらくたって、川添さんは自社の社員を監禁・恐喝したとして逮捕された。この時点で、川添さんはさすがに終わったと思った。
しかし、今回、見事に復帰した。かつて育てたユーミンと、久しぶりに手がけたSouljaとの組み合わせで。
一般社会であれば、これほどの負の経歴がある人間が、再びのし上がってくることは至難の業だ。その後、明子さんとも離婚し、別の女性ができたという。女性遍歴も大したものだ。良くも悪くもなんでもありの芸能界。川添さんは、まさにこの芸能界という水の中でこそ、のびのびと活躍できる人物なのだろう。
(本多圭)
組み合わせの妙。
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