こんな日本で本当によかった? 内田樹『こんな日本でよかったね』
昨今、ささいな理由で人を刺してしまう人が続発し、年金問題や格差社会などなど片付いていない問題が山積みの我が国・日本。「いよいよこの国もヤバいな」と感じている人も多いはずだ。おそらく誰もが、現代の日本社会は問題だらけだと思っているし、少なからず絶望を感じているだろう。言ってみれば、それが当たり前の日本人の感覚である。
そんな現代日本に向けて、思想家でエッセイストの内田樹が、いかにも場違いなタイトルの本を出版した。『こんな日本でよかったね 構造主義的日本論』。こともあろうか、「こんな日本でよかった」などと言い放ったのである。
01年発行の処女作『ためらいの倫理学 戦争・性・物語』では自己に信を置かないことの有意性を描き、昨年、小林秀雄賞を受賞した『私家版・ユダヤ文化論』(06年)では、ユダヤ人を取り巻く数々の物事を通じ、人と世界のありかたを描いてみせた内田樹。
毎月のように新刊を発表している彼は、簡単に言えば「当たり前だと思っていることって、実はそうでもないんだよ」ということを言い続けている人である(たくさん本が出てはいるが、大体が大同小異そうである)。だからこの本も、「こんな日本ってひどい」と思っている人に対して、「実はそうでもないんじゃない?」と語りかける内容なのだろうと思われた。
「そう、易々と信じられるか」という人もいるだろうし、「それが当たり前じゃないなら、何が当たり前なの?」という問いもあると思う。内田はこれまで、それらの問いに明確な回答を出し続けてきた。だからこそ毎月内田の新刊が発行されるし、内田の本は売れるのである。
さて、本書で取り上げられているテーマは、「少子化」「年金対策」「格差社会」「成果主義」「ニート」「政治」「イデオロギー」「教育」「家族」などなど、世間一般で当たり前に議論されている日本社会の問題で、「やっぱり、日本って駄目だなぁ」と思わず感じてしまうものばかり。そんな諸問題について、「そもそも、それって論点がずれてない?」というのが本書の基本スタンスである。
たとえば、少子化問題について。内田は少子化を、「(政府が)国民全員が思い通りの消費行動をとることを国策として推奨した」結果であり、納税額が減るなどの問題は「行政機構のダウンサイジングを行えばいいだけだ」とした上で、こう述べている。
とはいえ、私自身は(いつものことだが)この問題については実はわりと楽観的なのである。(中略)
むろんただ漫然と少子化を拱手傍観しているのも芸がないというのなら、「人間は共同的にしか生きることができない(だから、不愉快な隣人の存在に耐えよう)」という人類学的常識をもう一度国民規模で再認識するためのキャンペーンを展開してもいい(できれば政府主導でそうしていただきたいのであるが)。それが成果をあげたら、結果的に「日本人がみんな大人になる」というであるから、それなら人口が一億五千万になろうと二億になろうと、これまた日本列島はたいへん住みよい場所になるだろう。
つまり、どちらに転んでも、日本は住みよくなるので、「少子化問題」というのは存在しない、というのが私の考えなのである。(本文引用)
少子化問題は、消費することが幸せだという社会一般の通念や、何でも揃っていることが当たり前な感覚こそが問題であって、目の前で起きていることから逃げず、対処法を考えて、それが面倒でも頑張って実行できる人間にとっては別になんでもないことなのだと言う。
その他のテーマに関しても、内田の論は一貫している。結局、「みんな大人になれば、日本っていい国だよな」ということだ。内田の定義する大人とは、簡単に言えば「いいこと」と「いやなこと」の双方を隔てなく受け入れながら、より成熟していける人のことである。
本書は、「日本社会でいわれる問題ってそういうことか」と非常によく納得させてくれる。ただ、「じゃあ、別の意味でやっぱりひどいんじゃない?」と新たな問題が出てくるのも確かだ。たとえば、「大人にならないことが当たり前になっている社会って駄目じゃん」とか……。
と、ここで、初めて著者の意図に気がつく。
本書のタイトル『こんな日本でよかったね』は、「実はそんなにひどくないんじゃない?」という意味ではなく、「『こんな日本はやっぱり駄目だよね』と思ったでしょ? じゃあ、みんなで頑張って大人になろうよ。そして、少しでもこの国を変えようよ」という皮肉なのだ。なんだか思い切り釣られてしまったような気もするが……。
(文/テルイコウスケ)
気の持ちよう。
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