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北野武──新作「アキレスと亀」で見せた天才の“変化”と“リアル”

kitano_kame01.jpg写真/田中まこと

 これまで以上に北野監督らしい作品であると同時に、これまでになく北野映画らしくない。矛盾した言い回しになるが、北野監督の通算14本目となる『アキレスと亀』は、そう表現するしかない。北野映画らしく濃厚な血の匂いで彩られながらも、難解さは影を潜め、明快なエンディングが待ち受けている。

  『TAKESHIS’』『監督・ばんざい!』と2作続けて映画を破壊する行為に取り組んできた北野監督の内面に、何か変化が起きているのか? 「アートは麻薬」「数学者になるのが夢だった」と語る北野監督の言葉からは、“天才”の人生観がリアルにうかがえた。

“世界のキタノ”を前にしておこがましいと思いますが、『アキレスと亀』は非常に映画らしい映画ですね。

「うん(笑)。普段から撮影は順撮りで始めるんだけど、いい役者がいたり、いいシーンが撮れると、ストーリーをねじ曲げて違う方向に持っていっちゃうんだ。でも今回は、台本が主人公の少年期・青年期・中年期って年代順になったから、その通りにやらないと話が成り立たなくてさ。それと『アキレスと亀』ってギリシア時代からの数学上のパラドクスなんだけど、主人公の真知寿が“亀”で、かみさんが“アキレス”なの。2人の関係を描くことで、オレなりにパラドクスを解決してみたんだ。今回はその結末が決まっていたから、ものすごく王道的なストーリーになったわけ」

  『TAKESHIS’』『監督・ばんざい!』での映画を破壊する作業があったからこそ、生まれた作品でしょうか?

「そう! 前の2作品は腹立ちまぎれの作品だからさ(笑)。その2作品撮ってる頃って、オレ自身イラついてて、撮っちゃえばもういいやと思ってたんだよね。それで次はまともなものをやるかと。あの2つは『こんな作品じゃダメだよ』という見本みたいな映画(笑)。『監督・ばんざい!』なんか、興行的に当たらなくて評価も低い監督が『どうしてオレの映画はダメなんだろう?』と悩んでいるわけで、その回答に当たるのが『アキレスと亀』。3部作の完結編なんだよ」

 北野監督自身が演じた主人公の画家・真知寿の生きざまは、ビートたけしがお笑いではなく芸術の世界に進んでいたら……と、一種のパラレルワールドを思わせます。

「漫才師になりたくてしようがない人がさ、漫才師になれたら、その時点で一度宝くじに当たったようなもんなんだよね。さらに、漫才師として売れたいと願うことは、もう一度宝くじに当たりますようにとお願いしているようなもの。オレの場合は、大学を除籍されて、やることがなくて漫才を始めたら、運良く宝くじに当たっちゃったわけ。映画もそう。偶然、監督になっちゃった。でも、この画家はさ、好きな仕事に就けて、それだけで幸せなことだよ。オレ自身は理系の人間なのね。だから数学者になりたくてしようがなかった。数学者になった人間はフィールズ賞(数学界のノーベル賞)とか獲って世間から認められたいと思っているんだろうけど、オレから見たら、数学で食べていけるだけでも夢みたいなことだよ」

 でも、数学者では映画にしにくいですね。

「オレ、“フェルマーの最終定理”ならわかるけど、“ポアンカレ予想”は問題の意味すらわかんないよ(笑)。そんなオレが数学の映画を撮ったら、多分誰もわかんない映画になっちゃうよね。その点、アートは怪しい世界だから『この絵は価値がある』と言えば、ウソでも成立するんだ。でも、そこが怖いところ。笑いの世界にも通じるところなんだよ。数学と違って答えが曖昧だから、『オレはこんなにすごいのに、なんで世間は認めないんだ』と思っちゃうわけ」

 そこに人間の悲喜劇が生まれるわけですね。それにしても『アキレスと亀』はヤクザ映画じゃないのに、バンバン人が死ぬ。フィクションとは思えない、ゴツゴツしたリアリティを感じさせます。

「そう、すごいよね。真知寿って悪魔なんじゃねえの(笑)。でも、実際アートやってると、周りで事件や事故が起きても見えなくなっちゃうの。それに芸術家が自殺するとわりと周囲からは理解されるんだよ。それだけ、芸術って麻薬みたいなもんだと思うな。始めたら止められない、危険なもんだよ」

(続きは「サイゾー」9月号で/文・長野辰次)

北野 武(きたの・たけし)
1947年、東京都生まれ。明治大学工学部中退後、浅草で芸人修業を始める。73年にツービートを結成。『戦場のメリークリスマス』(83)で俳優として脚光を浴びる。深作欣二監督の降板を受けて、『その男、凶暴につき』(89)で監督デビュー。『ソナチネ』(93)は欧州で熱狂的なキタニストを生み出した。ベネチア映画祭で『HANA-BI』(98)は金獅子賞、『座頭市』(03)は監督賞を受賞。『アキレスと亀』も今年の同映画祭のコンペ部門に出品されている。

kame_cap.jpg© 2008『アキレスと亀』製作委員会

『アキレスと亀』

監督・脚本・編集・挿入画/北野武
撮影/柳島克己
音楽/梶浦由記
配給/東京テアトル、オフィス北野
9月20日から全国ロードショー

裕福な家庭に生まれた少年・真知寿は周囲の無責任なお世辞のせいで画家を目指すようになるが、実家は破産し、両親は自殺。親戚の元や新聞配達所などを転々としながら青年となった真知寿(柳憂怜)は、新しい職場で幸子(麻生久美子)という理解者を得る。中年となった真知寿(ビートたけし)と妻・幸子(樋口可南子)の芸術活動は、世間の目にはもはや常軌を逸した行動としか映らなくなっていた。2人はそれぞれ最後の決断を下すことに。真知寿の繰り広げるアートパフォーマンスは、バラエティ番組を思わせるユニークな演出だ。

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最終更新:2021/05/25 19:03
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