一流選手を金で買う大企業 虚飾のスポーツブランド戦争(後編)
#スポーツ #企業
もはや選手のカラダは企業のモノと化している?
スポーツ選手の写真を撮るとき、「すみません、着替えていいですか?」と待たされることがよくある。契約ブランドのウェアでなければ、公に登場することができない縛りがあるからだ。つまり、トップアスリートのカラダは、頭のてっぺんからつま先まで、選手自身だけのものではなくなってしまっている現状がある。
ただし、メーカーがアスリートを一方的に拘束しているという見方は一面的すぎるかもしれない。
「力関係としては、メーカーよりも選手やチームのほうが遥かに上です。実際、現場に行くと、メーカーの人間は“パシリ”に近い扱いを受けていますから。商品開発などを担当している人間などは比較的優遇されているようですけど……」(ミズノ関係者)
あくまでも契約事であるから、互いの力関係は状況によって変動するはずだが、いずれにしろ、メーカーにとってトップアスリートとの契約が死活問題であることは確かなように思える。
「もしアスリートが“金のタマゴを生むガチョウ”だとすると、過剰なビジネス化による弊害が、自分たちのところにも跳ね返ってくることを、メーカーは認識しなければなりません。選手を大金で釣っていいのかどうか再考し、どこかで歯止めをかけないといけない。その変革の担い手は、トップアスリート自身になるでしょう。わかりやすいのは中田英寿。彼は“自分の言葉にメッセージ力がある”と気づいた。スポーツ選手がロールモデルであることを自覚したわけです。彼のようにメーカーを怖れる必要のない、功成り名を遂げた元選手が、スポーツビジネスのあり方について言及すれば、自然と周囲がついてくるはずです」(前出・広瀬氏)
五輪やW杯などのスポーツ大会が、世界中に衛星中継される巨大なメディアイベントになった今、それに関わるスポンサー企業、広告代理店、メディアへの見返りは巨額になっている。それゆえに、彼らに取り囲まれた選手へのプレッシャーは増している。
06年トリノ五輪に臨む直前の1月、フィギュアスケートの安藤美姫は、代表選考を兼ねたGPファイナルに右足小指の骨折をおして出場したことを明らかにした。重大な故障を負っているのに出場をキャンセルできないほどスポンサーの拘束が強かったとの見方もあった。一方では、骨折は嘘だとの噂も流れた。すなわち、悪い成績を残したことに対して、嘘の弁解をしなければならないほど、彼女を取り巻く関係者に気を遣う必要があったのではないかという憶測だ。いずれにせよ、安藤はトリノ五輪でも転倒して15位と惨憺たる結果に終わり、自身のキャリアに不名誉な記録を刻み込む。その身にのしかかった重圧がどれほどのものであったか、想像することはたやすい。
また、06年のW杯ドイツ大会で日本対オーストラリアは49%、日本対クロアチアは52・7%の高視聴率を取った。日本時間では午後9時台の放送開始で涼しい初夏の夜だったが、現地は陽射しが強く灼熱に曝されていた。日本の属するグループFで現地時間午後3時台のキックオフはこの2試合のみ。すべてが気温のせいとは言えないが、もっとも酷暑の害を被ったのが日本であることは事実。結果、オーストラリア戦の惨敗とクロアチア戦の引き分けでサッカー日本代表のブランド力が低下した感は拭えない。テレビ局と広告代理店、そしてスポンサーであるスポーツメーカーが視聴率優先でキックオフの時刻を設定したとすれば、その狙いは当たった。しかし高視聴率と引き換えに代表チームに不利益を招き、サッカー界にとってはネガティヴキャンペーンになってしまったのではないか。仕掛けた側のテレビ局、広告代理店、スポンサーもファンの恨みを買っては逆効果だろう。この件で得をした人間はいなかったはずだ。
競技場の外にある「企業の思惑」が、日程や勝敗を「操作」し、現場に露骨に影響を与えたなら、観る者の気持ちは一気に醒める。ビジネス化が行き過ぎれば、アスリートとメーカー企業の関係性は歪んだものとなり、「本当は絡むのは嫌だけれども、契約料をもらえるから仕方なく関係を受け入れる」という“メーカー=必要悪”に堕してしまいかねない。
「一企業が利益を求めるあまり、スポーツの質を低下させてしまっては本末転倒なことは自覚してますが……」(ミズノ関係者)
公平に選出されたベストコンディションの選手たちによる競技の実施と、多額の投資を回収するための企業活動。それらを正しく均衡させることが、スポーツを取り巻く産業に突きつけられた課題なのではないだろうか。
(後藤勝/「サイゾー」6月号より)
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