威勢がいいのは国内市場だけ!? “電通幻想”の実態をOBが語る
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国内の広告代理店業界において、圧倒的なシェアを誇る電通。その売上高2兆1000億円(連結)は業界2位の博報堂の約2倍、同3位のアサツーディ・ケイの約4倍に上る。約100年前の創立以来、電通の独壇場が続いている状態だ。業界内での圧倒的な強さの源泉は、どこにあるのか。また、メディアに圧力をかけて情報操作をしているといった類の噂は本当なのか。
かつて同社で勤務した経験を持ち、現在は法政大学経営学部でマーケティング論を教える田中洋教授に話を聞いた。
――田中さんは21年間に渡り電通に勤められ、在職中にアメリカ南イリノイ大学大学院でジャーナリズムを学び、退社後、大学の教壇に立たれています。まず、電通では、どんな業務を行っていたのでしょうか?
田中 前半10年は地方の支局・支社と新聞局に、後半はマーケティング局でプランニングを担当していました。担当した企業は主に外資系の日本企業で、ネスレなどですが、全部で7社くらい担当しましたね。
――電通といえば、「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……」といった、社員の行動規範を示した「鬼十則」が有名ですね。
田中 鬼十則が、電通社員にとって、ひとつのバックボーンになっていることは否定できないとは思いますが、大企業なので、「新聞局は体育会系」「マーケティング局は紳士風」といったように、部署によってまったくカルチャーは異なっています。私も部署を異動したときは、大いに戸惑いました(笑)。まあ、鬼十則は、あくまで規範なので、わざわざクチにすることはありませんし、まして朝礼の席で読み上げることもありません。むしろ他の会社で、営業さんを鼓舞するために掲げられていると聞いたことがあります。
――業界内で圧倒的な力を持つ電通ですが、その強みは「鬼十則」を伝統的背景とする人材の豊富さなのでしょうか?
田中 電通社員ひとりの持っている能力が、単純に博報堂社員の1・5倍や2倍あるわけではない。特に、入社した時点での能力に違いはないと思います。ですが、電通にいることのメリットは、大手の広告主から依頼される仕事を数多く経験できること。それが後々に効いてきます。実際私は、世界の外資系広告主との仕事を多数経験し、それが現在の国際マーケティングを教える仕事につながっています。
電通の強みとは、人材よりも周囲の環境が大きいのではないでしょうか。
――人材で言えば、「電通はコネ入社が多い」という話も聞こえてきます。
田中 それは言われるほどではないと思います。確かに、親族が上層部にツテを持っていれば、入社時に有利な場合もあるでしょう。しかし、実際のビジネスで役に立つケースはほとんどありません。コネクションが有効なのも、最初の数年ですね。なぜなら、コネで入社した人の親族は、外部の企業でもそれなりの地位にある人なのでしょうが、よほどの人物でなければ、数年で社長職など現職から退いているはずです。親族の地位がなければ、電通社員である息子のコネの効力は、ないも同然。むしろ一番おいしいのは、同族企業などのオーナー社長の子息を、電通に迎えることです。オーナー企業の社長職は延々と一族から選ばれるのですから、メリットは大きい。しかし、彼らは自分の親族の企業や関連会社に籍を置くだろうし、またそんな人材がゴロゴロいるわけでもありません。
――さて、膨大な広告出稿量を取り扱う電通は、メディアに対して独占的な市場を得ています。
田中 取引量が多い結果として、メディアや広告主に、良くも悪くも大きな影響力を及ぼしているのは事実でしょう。そのひとつに、メディアのある部分を「買い切る」という手法があります。ある一定量、もしくは広告部分のすべてをあらかじめ買い上げる方式ですが、これにより、広告面に、広告が入るかどうか決まらなくとも、一定の収入をメディアは確保できるのです。かつて私が勤務していた電通の四日市支局では、当時、中日新聞の三重県版を「買い切って」いました。また「買い切る」ための莫大な費用を常に出し続け、広告枠を埋めきるというのはリスキーな行為ですが、電通の規模があってこそ、可能になるのです。これは同社のスケールメリットが、存分に発揮できている強みだとも言えます。一方的なルールを押し付けているのではなく、互いに望む形で、ビジネスが成立していると考えるべきですね。
――ですが、クライアントの不祥事が起こった際、電通がメディアに圧力をかけ、裏で情報操作をしているとの話も聞きます。
田中 本当に遠い昔、30年以上前にはあったかもしれませんね(笑)。けれど実際は、電通が情報操作を仕かけているのではなく、メディア本体が自主的に広告主に配慮する場合はあるかもしれません。新聞社の収入の約50%は広告収入であり、民放テレビ局に至っては、ほとんどが広告収入。つまり、メディアは広告ありきで成り立っているわけです。ですが僕の知る限り、電通にそこまでの力はないと考えます。いまだに電通の情報操作うんぬんと言われるのは、まったくの幻想でしょう。
――では、電通の弱みがあるとしたら、どんな部分だと考えますか?
田中 昔から言われてきたことですが、電通は国内でしか成功していません。アジアでは一部成功しているが、欧米においては、当地の企業にまったく太刀打ちできていない。現状では、海外でどうしてもやらなければいけないほど、電通は追い詰められていません。しかし、今後日本のマーケットが縮小すれば、そうも言っていられなくなります。たとえばトヨタの自動車が、日本市場でほとんど売れず、海外拠点の収益のみに頼った状態になるとします。すると、海外の広告代理店がトヨタに「日本市場も、ついでに任せてくれ」と言ってくるかもしれない。そこで初めて、電通の立場が危うくなる可能性があるかもしれませんね。
――最近ではテレビの多チャンネル化に加え、インターネットメディアも活況です。電通は保守的で、地上波のテレビ局中心のビジネスモデルに依存し過ぎているという声もありますが。
田中 保守的と言われるのは、広告主の性質が原因かと思います。電通の顧客のほとんどは、家庭用雑貨・飲料・食品といった、日常生活で購買されるパッケージ商品を提供する企業。こうした業界では依然として、マスメディア広告が最も有効なマーケティング手段となっていますから。電通を擁護するつもりはありませんが、広告主側の意向を抜きにして「代理店が遅れている」という議論は現実的ではないと考えます。
――最後に、今後の電通に求められることとは?
田中 広告主が「ネットのほうが効率的だ」と判断するようになれば、電通も力の入れどころをシフトせざるを得ないはずです。いずれにしても、メディア状況の変化と同時に、広告主のビジネスモデルにも対応して変化していくという、柔軟な戦略が求められるでしょう。
(blueprint|構成/「サイゾー」2月号より)
田中 洋(たなか・ひろし)
法政大学経営学部教授。慶応義塾大学大学院修了。19
75年電通入社、96年退社後、城西大学などを経て現職。2008年度から中央大学大学院ビジネススクール教授就任予定。マーケティング論専攻。
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