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日刊サイゾー トップ  > ヒモ男、マルチの勧誘にのってみる
「ヒモ男、働く。」第2話

彼女に圧力をかけられたヒモ男、マルチの勧誘にノコノコとついて行ってみた

 主である彼女の圧力が日増しに強くなっている。

 朝起きれば「今日は何するの」、寝る前には「今日は何したの」と訊いてくるのだ。この、日常会話に見せかけた「働いたのかオラ」という行間の圧力たるや。もちろん何もしていないので、シューティングゲームのスコアを自慢し、ため息をつかれるのだ。

 これは、彼女に働くことを強いられている、ヒモ生命が風前の灯の私の、奮闘記である。

 * * *

  先日は怪しげなネットビジネスに挑戦しようとしたところ、事務所が無人のアパートだった、という憂き目を見た。落込んでいたところに、古い知人からうまい話があるとメッセージが届き、会ってみることにした。

 呼び出されたのは、新宿三丁目あたりの喫茶店。知人のT君も喫煙者だったので、喫煙席での待ち合わせだ。

 T君は先に着いて待っていた。

 こげ茶色のソフトモヒカンで、麻のシャツに白のパンツで、首元にはサングラスをかけている。なんとなく景気のよさそうなファッションだったが、ずんぐりとした彼の体型には似合っていない。ビシっと決まらない彼の姿に、懐かしさを感じた。

 スマホを横もちに弄っているT君に声をかけた。

「久しぶり。何してんの?」

「ああ、久しぶり! 元気してたか? これオンラインカジノのゲームしてんだよ」

 立ち上がって快活に笑い、肩をバシバシ叩いてきた。

「オンラインカジノ? うまい話ってギャンブルかよ」

 と訊ねると、

「こんなの遊びに決まってんだろ。もっと上の話だよ」

 と自信に満ちた顔で言い切った。席に座ると、彼は私にスマホの画像フォルダを見せてきた。写っているのは、煌びやかな高級ホテルのエントランスでピースしているT君だ。

 先日マカオに行ったらしく、お揃いの白いスーツを着た、若い友人たちと一緒に高級リゾートやカジノを満喫している様子を見せられた。

「今、すごいことやってるんだよ。その仕事の社員旅行でマカオに100人くらいで行ってさ。そのときにショウ(私のこと)を思い出して、お前も誘おうと思ったんだ」

「ヤバそうだからパス。オレオレ詐欺とかだろ、どうせ」

 胡散臭いネットビジネスに騙された直後だったので、警戒心は強かった。

 しかし、彼は絶対に違法じゃないと言い切った。そこで、話だけでも聞こうとしたが、具体的な話はしようとしない。事務所がすぐ近くにあるので案内したい、と言われ、着いていくことにした。

 念のためスマホのGPSを起動し、別の友人に、夜までに連絡が取れなければ、そこに警察を呼んでくれと言っておいた。

 案内されたのは、四谷にあるビルの二階だった。

 学校の教室二つ分くらいの広い事務所だった。明るく清潔な感じで、広いスペースをパーテーションで区切っている。六人くらいで座れそうな丸テーブルが何個か置いてあり、そこに座らされた。案内してくれたT君も私の横に座った。

 そこに、いかにも高級そうなスーツに身を包んだ男性が現れた。俳優の生田斗真が餓死したあと蘇生してヤクザに転職してみた、という雰囲気の、やばそうなイケメンだ。そのイケメン氏はやばそうな雰囲気に似合わず、柔らかい笑みを浮かべて自己紹介をしてきた。どうも、その「グループ」の要職についてるらしい。

 会社ではなく、「グループ」らしい。

 イケメン氏は「T君の紹介なんだ。T君はすごく頑張っている子だからね、T君から教わっていけば、君もすぐに稼げるようになるよ」と言った。どうやら、隣で似合わない服を着ているT君はすごいやつだったらしい。

 イケメン氏はそれから、長々と「夢」の話をし始めた。夢の実現にはどうたら、みたいなやつだ。抽象的な話は苦手なので、神妙な顔で頷きつつ、鼻くそをほじりながら聞き流していたら、諦めたのか具体的な話をし始めた。

 要点をまとめると

・これからは、ソーシャルゲームやパチンコの市場は衰退していき、実際にゲームの成果を換金できるオンラインカジノが主流になっていく。

・日本も今後、カジノが合法化されて、カジノという存在がメジャーになっていく。

・カジノには富裕層のイメージがつきまとうが、そこに加われなくとも関心を持つ層を、オンラインカジノは取り込める。

・カジノの市場規模はそれぞれの国でいくらくらいか。

・日本でのギャンブル市場はどれくらいか。

・それらを取り込むための広告手段として、口コミ(要するにマルチ商法的なやり方らしい)が求められている。

 ということらしい。

 具体的な数字を出していないのは、資料をもらえなかったからだ。

 説明には、印刷された資料は一切使われなかった。コピー用紙に、その場で手で書いていくだけ。メモをとることも、やんわりと止められた。顔が怖すぎてゴネることもできなかった。ゴッツゴツの腕時計が武器にしか見えなかった。

 そのカジノの口コミの具体的なシステムは、次のようなものだ。

1.10万円で「オーナー権」を買う。

2.オーナー権自体にマルチ商法の仕組みが発生する。要するに、オーナー権を買う人間を連れてくれば、1万円もらえる。その第二世代のオーナーが連れてきた人からも1万円もらえる。

3.オーナー権を買った人間は、オンラインカジノのアプリの、オーナー会員になる。この会員は、招待コードというものを発行する。

4.招待コードをもらった(オーナーに勧誘された)ユーザーは、特典がもらえる。

5.オーナーに勧誘されたユーザーも、質の低い招待コードを発行できる。これは、コードを発行したユーザーも、使ったユーザーも特典がもらえる。

6.オーナーは、これらの招待コードで結ばれたユーザー群の、課金額の1%を毎月もらえる。

 長くなってしまったが、こういう仕組みで利益を出すらしい。

 要するに、マルチ商法だった。

 私はT君とは二度と関わらないことを決め、「お金がないのでいいです」と辞退しようとした。すると、イケメン氏が「お金なら借りれば良いじゃん。うちと提携しているカード会社あるから」と言い出した。

「身分証もないですし、無職なので」

 と言うと、「拇印で大丈夫だし、うちでやるってことは稼げるって決まっているようなもんだから大丈夫だよ」と、絶対に闇金だと推測できることを言い立てた。

 思っていたより、規模の大きな危ない組織だったのかもしれない。

 私は「オーナー権買ってくれそうな金持ちの知人がいるので、せっかくだからその人から借ります」と言って、逃げることに成功した。

 無人の事務所も怖いが、人のいる事務所はもっと怖いのだと思い知らされた。

 T君の連絡先をブロックし、私は今度こそ普通のバイトでもしてみようと心に決めた。

(文=窪田ショウ/第3話へつづく)

●窪田ショウ
勤労意欲は、タバコと一緒に燃やしてしまった現役のヒモ。楽をしようとすればするほど、妙に大変なことに巻き込まれるのはなぜだろう。

最終更新:2018/12/18 16:06
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