心身の回復にかかる時間、回復するか否かは誰にもわからない。生活保護は心と命とを支える社会保障である/『助け合いたい』さいきまこ×『失職女子。』大和彩対談
貧困が、人から奪うものとは何か。お金がなければ生活の水準は落とさなければならない。娯楽などにかかる費用を真っ先にけずり、衣食住のコストは極力抑えることになる。それによって健康に影響が出ることもあるだろう。子どもがいれば教育にお金をかけられず進学などの選択肢が減る……。
と、ここまでは多くの人が想像がつくはずだが、漫画家のさいきまこさんは、それだけにとどまらず、「経済的な不安は体だけではなく心も蝕みます」という。さいきさんの最新著書『助け合いたい~老後破綻の親、過労死ラインの子~』(秋田書店)には、困窮していくほどにうつ症状が重くなる40代の男性・漆原諒が登場する。
『失職女子。~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで~』(WAVE出版)の著者で現在も生活保護を利用中の大和彩さんは同書のなかで「貧困はIQを下げる」といったことを書いている。申請のための書類を前にしても、そこに文字が書いてあることはわかるのに、目の焦点が合わず読み取れない、内容も頭に入ってこない。貧困は心だけでなく、脳にもダメージを与えると考えている。
両氏の対談、後篇は貧困によるこうしたダメージとそこからの回復、そのために生活保護はどう活用されるべきかをお話いただく。
▼前篇はこちら
誰しものなかに貧困への差別心がある前提のもと、私たちは社会保障について考えなければならない
まずは心身を休息させる
さいきまこさん(以下、さいき)「お金がないっていう不安が人の心にまで大きな影響を与えることは、もっと知られてほしいです。生活保護を利用することによって、今夜の寝るところ、明日のご飯代を心配しなくて済むようになる……これでどれだけ安心できることか。生活保護というとすぐに就労支援に結びつけられがちですが、まずそうやって身を落ち着けてから必要があれば医療にかかり、心身を休息させることが大事なんです」
大和彩さん(以下、大和)「私のもとにも常に『働きましょう』という案内が届きます。私も働きたい気持ちは強く持っているのですが、これまでは精神疾患に加え、もともとの持病が悪化して寝込んでいる時間のほうが長い生活でした。その持病が、職を失った原因のひとつでもあるのですが。痛みが強くて、脳のCPUの99%がその沈静化に使われている感じで、ほかに何もできない。食事もできないから常に栄養失調状態でした。最近になってやっと手術を受け、痛みの原因を取り除けました。それでもまだ身体がボロボロな状態なので、回復には時間がかかるのだとつくづく思います」
ーー『助け合いたい』では、保護が決定した女性が「生活保護を受けることで、自分を取り戻して生きたい」と前向きになる様子が描かれていましたが、大和さんもそう思われましたか?
(C)さいきまこ/秋田書店
大和「なかなかそうは思えませんね。将来のことを考えれば考えるほど落ち込むし、何かに希望を託そうと思ってもその希望が思い浮かばない。もうこのまま死ぬのかなと絶望して、別に一生このままでもいいじゃん……という境地に至ってはじめて、やっと、最後にもうちょっと生きてみようか、という気持ちになれました」
さいき「そういうものなのかもしれませんね。『早くよくなりたい』『治さなきゃ』と焦っているうちは心も身体も回復しなくて、『もういいや、これで』と自分を受け入れることができてはじめて変化が訪れるのでしょう」
大和「ずっと寝たきりで死んでいくかもしれないけど、それはもうしょうがない。そう思ったうえでじゃあ最後に何かしたいことがあるかを自分に問いかけてみたら、手術を受けてみたいとか、やっぱりもうちょっと生きてみたいとか、そういう気持ちが見えてきたんです」
さいき「それが、自己肯定のひとつの形なんだと思いますよ」
ーー身体の回復と心、脳の回復、いずれも保護を利用できることが決まった時点では回復にどのくらいの時間がかかるのか、そもそも回復できるのかわからないものです。しかし、『助け合いたい』の漆原諒さんは、うつでドクターストップがかかっているにもかかわらず「働かなければ」と焦り、空回りしていました。
さいき「それだけ男性は働いて稼ぐ以外の人生が実質許されていないということですね。それは、女性がその男性を支えることになっているのと表裏一体で、男女の役割がそれぞ固定されているから、両方ともそこから逸脱しようとするとものすごい負荷がかかります。彼のように休養していも、それを世間が認めてくれずに『中年の男の人が昼間からフラフラ……』と怪しまれますし、本人も働いていない自分に存在意義を見出せなくなってしまうんです」
働くことをやめられない男性、働けない女性
ーー 一方で諒さんの姉は結婚して以来、長らく専業主婦をしていて、いざ自分も稼がなければならなくなったとき仕事の選択肢がほとんどないと知り、愕然としていましたね。一度仕事から離れた女性は仕事を得にくいのが現実です。
(C)さいきまこ/秋田書店
大和「それなのに最近、若い女性のあいだで早く結婚したい、専業主婦になりたいという傾向が強まっているように感じられませんか?」
ーー2013年の「少子高齢社会等調査検討事業報告書(若者の意識調査編)」では、「結婚(事実婚含む)したあとは専業主婦になりたいと思いますか」という問に対して、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と回答した人が合わせて約35%。「どちらかといえばそう思わない」「そう思わない」の合計が約39%なので、それよりは下回るものの、専業主婦願望を持つ女性は決して少なくないといえますね。
さいき「まず、働きたくないというのが大きな理由だと思います。親の世代がちょうど男女雇用機会均等法世代で、でも社会環境が整わずに潰れていった女性たちを見ていると仕事をしたい、続けたいとは思いにくいですよね。さらにいまの労働環境見ていたら、男女ともに働きたいと積極的に思えない人が多くても当然でしょう。生活保護=働かない人という思い込みをもとに、『俺だって働きたくねーよ』というバッシングをSNSなどでよく見かけます」
「老後破綻→生活保護」は必ず増える
大和「希望を持ちにくいですよね。諒さんは、大きなミスをしたわけでも何か悪いことをしたわけでもなく、むしろブラックな労働環境でも営業で好成績を収めてきたのにリストラされています。私も、さしたる理由もなく突然リストラされました。そういう現実を見ていると、働いてもいいことがないと思うのも無理からぬことなのかもしれません」
さいき「そういう理不尽な目に遭ったり、四大卒でも就職や働きつづけることがままならなかったり、これはもう個人の努力でどうこうできるものじゃなくなっているんですよ。多くの人がそこそこ稼いでそこそこ消費できて、老後は年金でちゃんと暮らしていけるんだったら、働くことに意味を見いだせるのでしょうけれど、いまはそれが破綻しているうえに、老後はもちろん、病気や事故で働けなくなったときのために自分自身で備えないといけません。給与や収入をサポートするタイプの保険、いまとても多いですよね。でもそこには、備えられる人はもともと貧困リスクは低いという矛盾があります」
ーーそこは本来なら、社会保障で受け止められるべき、ということですよね。
さいき「生活保護もそのひとつです。最後の最後にこのセーフティーネットがあるというのは、命の支えというだけでなく心の支えでもあります。病気や事故、そのほかの理由で働けなくなることは誰にでもあるし、それは自己責任ではないと早く気づいてほしいんです。誰にとっても自分事なんだ、と。なのにいま、社会保障の予算はどんどん削られようとしています。このままだと、いざ自分が支えてもらおうとした時にどうなっているか……。安定していると思われていた団塊世代も年金は不安定、長寿の親の介護と非正規雇用の子どもの扶養を抱えている。今後、老後破綻で生活保護が必要な人がますます増えるでしょう」
大和「団塊世代が一斉に生活保護を受給しはじめて、受給者がマイノリティでなくなったら、社会の偏見なども少しは変わっていくかもしれませんね。ところでさいきさん、今回は『助け合いたい』というタイトルですが、これは家族同士で助け合うという意味なんでしょうか?」
回復しなくても生きていていい。
さいき「自民党の改憲草案では、憲法24条に『家族は、互いに助け合わなければならない』の一文が加えられることになっています。こうなると虐待を受けた子どもが親の扶養義務を背負わされたり、経済的に不安のある家族がそろって共倒れになったり……今回描いた家族もあわやそうなるところでしたが、そんなことが強いられるようになる可能性があります。それでも、多くの人たちは家族で助け合いたいという気持ちがあると思うんです。ただそれは先立つものがあってこそ可能なので、ないなら社会保障制度で文字どおり『保障』してもらうしかないですよね」
ーーそれによって心身が回復して、また働けるようになったほうがいいですよね。
さいき「はい、一時的に休んで、回復して、働けるようになればそれはすばらしいことです。でも、生活保護=回復のためのツール、ではないんですよ。実際に受給されていた女性が『回復する人もいるけど、回復しない人もいるし、そういう人はずっと生活保護で支えてもらっていい』というのを聞いて、私もハッとしました。生活保護は回復が目的なんじゃなくて、生きつづけることが目的のツールなんです」
大和「そう考えると、生活保護の意味合いがまったく変わってきますね。生きること自体を、保障する」
さいき「生活保護の本来の意義って、実はここにこそあるんです」
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