子宮という名のブラックホールに吸引される男たち 泥沼恋愛の結末『彼女がその名を知らない鳥たち』
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快楽殺人鬼というどうしようもない社会的不適合者でも、世界で誰かひとりの役には立っているかもしれない。沼田まほかる原作小説の映画化『ユリゴコロ』は、フィクションならではの振り切ったミステリーだった。残念だったのは、少数の人間しか共感できないテーマの作品を、人気キャストを配しているという理由だけで全国300スクリーンで一斉公開した配給会社の心理のほうがよっぽどミステリーだったということだ。公開規模は『ユリゴコロ』の1/3ほどだが、蒼井優&阿部サダヲがダブル主演した『彼女がその名を知らない鳥たち』も同じく沼田まほかるの同名小説の映画化。実録犯罪映画『凶悪』(13)や『日本で一番悪い奴ら』(16)で脚光を集めた白石和彌監督が、痴情のもつれによる男女の泥沼劇を腰の据わった演出で撮り上げている。
『彼女がその名を知らない鳥たち』(以下『かの鳥』)の主人公である十和子役の蒼井優が、かつてなくエロい。十和子(蒼井優)は、ひと回り以上年上の男・陣治(阿部サダヲ)と同棲しているが、生活費はすべて陣治に払わせ、1日中マンションに籠ってはDVDをダラダラ観ながら、あちこちにクレームを付けまくるダウナーな日々を送っている。クレーム対応したデパートの売り場主任・水島(松坂桃李)が思いのほかいい男だったので、とりあえずホテルへGO。水島は妻子持ちだが、キスがやたらとうまい。ホテルでの行為中に十和子に「あー、と言って」と命じるなど、テクニシャンぶりを見せる。行為を終えた後は、タクラマカン砂漠の美しさについて語るなどのピロートークにも抜かりない。水島のSEXフルコースに十和子は身体の芯から酔いしびれる。
水島とのゲス不倫によって、十和子は自分を棄てた元彼・黒崎(竹野内豊)のことを忘れようとする。照明デザイナーを自称する黒崎は十和子に結婚の約束をしておきながら、資産家の国枝(中嶋しゅう)と寝るように持ち掛けてきた。十和子を貢いだお陰で国枝に気に入られた黒崎は、国枝の姪であるカヨ(村川絵梨)とさっさと結婚。別れの場で、黒崎は十和子の顔面が変形するほど殴りつける。サイアクな別れ方をした黒崎だが、今も十和子は心の痛みと共に黒崎のことが忘れられずにいる。一方の水島は「妻とは別れて、新しい生活を始めたい」と寝物語で十和子に語ってみせるが、どこか白々しい。水島もまた、心の中に空虚さを抱え、その空っぽさを忘れたいがために十和子との不倫SEXに汗を流す。
優しい顔して十和子にDVを振るう黒崎、ゲス不倫の常習犯であろう水島、そんな男たちにコロッと騙される十和子。そして、男たちの間を根なし草のように漂う十和子のことを盲目的に愛し、わがまま放題させている陣治。みんな、サイテーのクズ人間ばかり。上がり目のない下流人生を歩んでいる。だが、彼らは十和子を媒介にした一種の奇妙なコミュニティーとなっていることに気づかされる。
白石監督のデビュー作『ロストパラダイス・イン・トーキョー』(10)は知的障害を持つ兄とその世話を看る弟、そんな兄弟と一緒に暮らすデリヘル嬢との共同生活を描いたおかしな疑似家族の物語だった。その後も、白石監督は『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』と犯罪に手を染める疑似家族を撮り続けている。ロマンポルノ・リブート作『牝猫たち』(16)は肉体の繋がりを求める風俗嬢たちの物語だった。『かの鳥』もまたSEXで繋がる、奇妙な疑似家族の物語だと言えるかもしれない。人間はとても弱々しい動物なので、誰かと繋がっていないと不安で不安で堪らないのだ。
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