“昭和漫画”を現代へ受け継ぐ漫画家・史群アル仙が語る、ADHDとの付き合い方
#本 #マンガ #インタビュー
手塚治虫やちばてつや、永井豪といった漫画家に影響を受け、昭和を彷彿とさせる懐かしくてどこか哀愁漂う作風で人気の漫画家・史群アル仙(シムレアルセン)。不安障害やADHD(注意欠陥・多動性障害)など、メンタル面にさまざまな支障を抱える彼女が、自身の経験を赤裸々につづったコミックエッセイ『史群アル仙のメンタルチップス~不安障害とADHDの歩き方~』(秋田書店)を上梓した。WEB連載時から話題を呼んでいた本作だが、作品を描き上げた現在の心境と、社会的な認知が広がりつつあるADHDについて、アル仙氏に話を聞いた。
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――まず、本書を描こうと思った経緯について教えてください。
アル仙 知ってほしいことがある、伝えたいことがある、生きづらさを乗り越える工夫を共有したいという気持ちと、自分みたいな人間を主人公にしたらどんな漫画ができるんだろう? といった思いからです。
――かなり赤裸々に描かれていますが、ご自身の過去を振り返ることは、つらくありませんでしたか?
アル仙 前向きな気持ちが芽生えてからの執筆だったので、基本的にはつらくありませんでした。ふと強烈な出来事を思い出してつらい気持ちになった時は、本書にも登場する恩師・菩須彦(ボスヒコ)さんに助けてもらっていました。ただ、時系列を思い出す作業が一番難しくて、つらかったですね。1カ月の間に大きな出来事が連発したり、半年間何も起こらなかったりと波が大きかったので、どういうふうに描いたらいいのか悩みました。
――この本を描く前と描いた後で、ご自身の中で変化はありましたか?
アル仙 ほんの少し冷静な目線で、自分の生き方を見つめられるようになったと思います。また、漫画に描けるようにと、日々、生きづらさ対策のアイデアを考えるようになりました。
――医師の誤診が原因でクスリ漬けにされ、体もメンタルもボロボロの「ゴミクズ時代」のエピソードはかなり強烈です。夢遊病で街を徘徊するようになったり、幻覚に襲われたり、挙げ句の果てには自殺未遂……。この時期は、どれくらい続いたんですか?
アル仙 それが詳しく思い出せないんです……。漫画では印象的だったことを抜粋して描きましたが、忘れていることもあるようです。週1でボスヒコさんの絵画教室に通っていた時期だったので、ボスヒコさんやメンバーから、当時の自分の言動を聞いて思い出すこともあります。感覚としては、とてつもなく長い間だった気がします。この時期は、人としての責任感やモラルを完全に失っていました。
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