記録よりも記憶に残る“裏方夫婦”の映画年代記! 『ハロルドとリリアン』がいたから名作は生まれた
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日本語の“裏方さん”にあたる外国語を調べたことがあるが、なかなかピンとくる言葉に出逢えなかった。英語だとunsung heroという言い回しがあるが、どうも脚光を浴びそびれた人、記録に残らなかった人、という残念な意味合いが感じられてしまう。日本語の“裏方さん”には親しみと敬意が込められているが、欧米文化にはそういった感覚はないのか。そんな疑問に答えてくれたのが、現在公開中のドキュメンタリー映画『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』だった。
『ハロルドとリリアン』の主人公であるハロルド・マイケルソン&リリアン・マイケルソンは、それぞれ絵コンテ作家、リサーチャーとして戦後のハリウッド黄金時代に大活躍した伝説の裏方夫婦だった。夫ハロルドの絵コンテ作家としての凄さがよく分かるのは、旧約聖書の出エジプト記を実写化した『十戒』(56)の海がまっぷたつに割れるシーン。映画史に残るこの名シーンを、イメージボードにしてまず描いてみせたのがハロルドだった。
第二次世界大戦中、欧州戦線で爆撃機に乗ったハロルドはそのときの体験から、あらゆる事物を俯瞰した視点から描く感覚を身に付けていた。『十戒』が大ヒットしたことから、ハロルドの評判はうなぎ昇りとなり、ロバート・ワイズ監督の『ウエスト・サイド物語』(61)、ヒッチコック監督の『鳥』(63)、マイク・ニコルズ監督の『卒業』(68)などで素晴しい絵コンテを生み出すことになる。とりわけ動物パニックものの先駆作『鳥』はハロルドの鳥瞰的視点が大きな役割を果たしていることが、彼の絵コンテと『鳥』の名シーンを見比べてみることでよく分かる。
ハロルドと同じ米国南部マイアミ生まれのリリアンは幼い頃に親から虐待され施設で育ったものの、読書好きな利発な女の子だった。戦争から故郷に戻ってきたハロルドはリリアンと交際するようになるが、施設育ちであることを理由にハロルドの親族は2人の交際に大反対。逆にそれが火に油を注ぐことになり、ハロルドとリリアンは新天地を求めて知人がいないハリウッドへ移り住む。大手映画会社の美術部門の見習いスタッフとしてハロルドは働き始め、ビンボーだったけど、2人は3人の子宝に恵まれる。やがて絵コンテ作家として活躍し始めたハロルドの紹介で、リリアンは映画会社内にあるライブラリーでボランティアとして働くことに。
このライブラリーで、リリアンは類い稀なる才能を発揮する。ただ映画スタッフに頼まれた資料を用意するだけでなく、リリアンは映画監督がどんな資料を欲しているのか、またどんな資料があれば映画にリアリティーがもたらされ、面白い映画に膨らんでいくのかを的確に把握していた。ホラーサスペンス『ローズマリーの赤ちゃん』(68)ではブードゥー教など世界中に伝わる怪しい宗教や呪術について丹念にリサーチした。資料がなければ自分で資料を作成し、麻薬王の一代記『スカーフェイス』(83)では裏社会の人間を取材することで麻薬コネクションの内情を入手した。もちろん、夫ハロルドの絵コンテの参考になる情報を提供することも怠らない。2人がタッグを組むことで、普通のスタッフが請け負うよりも数倍もの相乗効果が作品にもたらせられた。
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