“カメラは人間の魂を吸い取る”は迷信じゃない!? 黒沢清監督の恋愛幻想譚『ダゲレオタイプの女』
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日本以上に海外で評価されている黒沢清監督の作品の中でも、終末世界を描いた『回路』(00)はひときわ人気が高いホラー作品だ。ある解体業者がたまたま赤いテープで目張りした“開かずの間”をつくったところ、その空間があの世とこの世とを結ぶ回路となって、幽霊たちが人間社会に溢れ出してくるという不気味な物語だった。オールフランスロケで撮られた新作『ダゲレオタイプの女』もまた、あるシンプルな回路が恐怖の扉を開くことになる。ダゲレオタイプという忘れ去られた初期形態のカメラによって、この世とあの世との像が結ばれ、カメラの前に立った被写体の魂は削り取られ、銀板に焼き付いた虚像に永遠の命が宿ることになる。“カメラは人の魂を吸い取る”という古い都市伝説を、黒沢監督は哀しい恋愛ミステリーへと仕立てている。
ダゲレオタイプとは、フランス人のルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが1839年に発案した世界初の実用的カメラのこと。ダゲールは元はだまし絵を得意とする画家で、ジオラマ館などを経営する興行師でもあった。そんなダゲールが手描きのだまし絵以上に世界中の人々を驚かせたのが、現実と瓜二つの虚像を銀板に焼き付けるダゲレオタイプだった。19世紀の各地の風景が銀板に残され、死の直前に撮った幻想作家エドガー・アラン・ポーの肖像画はダゲレオタイプを代表する一枚として知られている。銀板に収められたポーは死神に取り憑かれたかのような不機嫌そうな表情を今も浮かべている。ダゲレオタイプは撮影時間が10~20分を要したため、ポーならずとも肖像画の中の人物たちはしかめっ面をしていることが多い。たちまち大ブームとなったダゲレオタイプだったが、19世紀後半には数秒で済む新しい撮影技術が考案されたため、ダゲールが考案しただまし絵はあっけなく廃れていくことになる。
現代人が忘れてしまった一種の呪術であるダゲレオタイプに、本作に登場する写真家ステファン(オリヴィア・グルメ)はこだわり続けていた。古い屋敷で暮らすステファンは、人間の背丈よりも大きなダゲレオタイプのカメラでかつては妻を、妻が亡くなってからは娘マリー(コンスタンス・ルソー)を撮り続けていた。職のない青年ジャン(タハール・ラヒム)はその撮影アシスタントとしてステファンの屋敷に通い始める。ステファンはマリーに対し、カメラの前で1時間静止しているように命じる。ジャンはマリーの体が動かないよう、拘束具をあてがい、ネジで固定していく。その瞬間、「あぁ」と小さなうめき声を漏らすマリー。ダゲレオタイプでの撮影は、まるでSMの拘束&放置プレイのようだ。だが、マリーが苦痛に耐えた分だけ、銀板に焼き映されたマリーの美しさは息を呑むほどだった。
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