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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.375

マスコミから袋叩きにされた渦中の男を密着取材!佐村河内氏主演の純愛ドキュメンタリー『FAKE』

FAKE_movie01ゴーストライター問題で渦中の人となった佐村河内守氏が、沈黙を破って胸中を吐露する。

 テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、ネットが伝える情報はどこまで正しいのか。事実を歪めている箇所はないか、どの程度の歪みなら許容できるのか。それらを見極める能力はメディアリテラシーと呼ばれ、情報が溢れる現代社会においてはとても重要なものとされている。また、判断を下すのは個人に委ねられているので、与えられた情報をどう受け止めるかは千差万別となる。“ゴーストライター”騒ぎで話題となった佐村河内守氏に長期密着取材したドキュメンタリー映画『FAKE』は、観客ひとり一人のメディアリテラシー能力を激しく問う作品だ。テレビのワイドショーや週刊誌の記事でしか触れることができなかった佐村河内氏が、カメラに向かって心情を告白する。彼の言葉はどこまで信憑性があるのかを確かめるため、観客はスクリーンに映し出された彼の表情や周囲の反応を凝視することになる。

“現代のベートーベン”ともてはやされながらも、2014年2月に掲載された週刊文春のスクープ記事をきっかけに全マスコミから袋叩きにされる状況に陥った佐村河内氏。聴覚に障害があることだけでなく、被曝二世であることさえも疑われるようになってしまった。世間の信頼をすっかり失ってしまった彼にカメラを向けたのは、ドキュメンタリー映画界の鬼才・森達也監督。劇場公開された『A』(98)と『A2』(01)ではオウム真理教の教団施設を訪ね、信者たちを長期取材した森監督が、久々に渦中の人物をクローズアップしたことでも話題を呼んでいる。

 週刊文春によるスクープ後、謝罪会見を開いたものの、火に油を注いだ形となってしまった佐村河内氏。予定されていた仕事はすべてキャンセルとなり、自宅マンションで息を潜めるように暮らしている。外出することもままならない。あの日からすっかり人生が変わり、作曲する意欲も失ってしまった。そんな佐村河内氏にいつも通りに接しているのは、一匹の飼い猫と妻の香さんだけ。森監督は佐村河内氏と事前にメールでのやりとりを交わし、自宅に上がり込んでの密着取材を始める。「僕が撮りたいのは、あなたの怒りではなく哀しみなんです」という森監督の言葉に佐村河内氏はうなずいてみせる。森監督からの質問は、同席した香さんが手話通訳して伝えている。佐村河内氏にしてみれば、ようやく自分の味方になってくれるジャーナリストが現われたと思えたに違いない。

 だが、森監督は「ドキュメンタリー作家はいじわるでないと務まらない」という信条の持ち主である。インタビューを始めてほどなく、「タバコが吸いたくなったな。ちょっと一服しません?」と佐村河内氏をベランダに誘い出す。香さんは喫煙しないので、ベランダは男2人だけだ。手話通訳なしで、どうコミュニケーションするのか。だが、佐村河内氏はこういった状況に慣れているらしく、「ゆっくりと話してくれれば口の形で分かります」と答える。ベランダに佇む男2人が、夕暮れの景色を眺めながらタバコをくゆらせている。中年男2人の何気ないシーンだが、取材する側とされる側との顔には出さない熾烈な綱引きがすでに始まっている。

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