寅さんの系譜を現代に継ぐ、流れ者キャラの誕生──ロケ現場で様々な伝説を残す男『俳優 亀岡拓次』
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男は誰しも『男はつらいよ』の寅さんみたいな生き方に憧れる。渡り鳥のように町から町へ、村から村へと旅を続け、各地の祭りの風景の中に溶け込み、そしてマドンナとの出会いに胸をときめかす。一年中がハレの日続きで楽しくて仕方がない。たまに実家に帰ると「そんなヤクザな生活は辞めて、いい加減に地に足の着いた仕事に就きなさい」と小言を浴びるが、全国各地に寅さんが来るのを待っている人もいるので、そう簡単に辞めるわけにはいかないのだ。『俳優 亀岡拓次』の主人公もまた、寅さんと同じ系統の人種である。ロケ地からロケ地へと全国津々浦々を渡り歩き、監督が求めるままにカメラの前でホームレス、泥棒、ヤクザ、死体役をほいほいっと演じる。出演シーンはわずかでも、撮影現場の熱気が心地よい。出会っては別れ、また出会うというスタッフや共演者たちとの程よい距離感も好ましい。そして撮影終了後は地元の飲み屋街へと足を運び、気持ちよく酔っぱらう。たまに独身であることを侘しく思うが、今の生活を変える気にはなれない。暴力団排除条例が施行され、寅さんみたいなテキヤ稼業がままならなくなった現代社会において、俳優・亀岡拓次ことカメタクは寅さんの系譜を受け継ぐキャラクターだといえるだろう。
大スター・キムタクと違って、カメタクは脇役専門の俳優だ。基本的にどんな仕事も断らず、予算の少ないインディーズ系の映画でも2時間ドラマのちょい役でも、ひょいひょいと引き受ける。カメタクには欲がない。フツー、俳優はもっといい役を演じたい、少しでもカメラに長く映って自分を印象づけたいという意識が働き、演技が過剰になりがちだが、カメタクにはそれがない。流れ弾に当たって絶命する役を頼まれると、それはもう見事なほどにあっけなく死んでみせる。カメタクはいわば“依りしろ”みたいな存在であって、自分というエゴをまるで感じさせない。それゆえに監督たちからは重宝され、脇役専門でもけっこー仕事が入ってくる。監督に「今回も見事な死にっぷりでした」と喜ばれ、まんざらでもない。映画やドラマに主演することがなくても、映画賞には無縁でも、好きな仕事で食べていけるカメタクは充分に幸せだった。
カメタクは卓越した演技力を誇っているわけではないが、ただ自分というものがないので、どんな撮影現場でもすぐ馴染んでしまう。スター俳優と違って面倒くさいことは言わないから、助監督や制作担当からも親しまれている。では演技ひと筋のストイックな生活を送っているかとゆーと、そうでもなく、酒に加えて女も大好き。自分の本能に忠実な男である。ロケ先の山形で同じく脇役専門俳優の宇野泰平(宇野祥平)と一緒になり、女の子のいる店に繰り出して、撮影前夜にもかかわらず調子にのってしこたま飲んでしまう。完全に二日酔い状態のまま、大巨匠監督(山崎努)の時代劇の現場に入ってしまう。スタッフもキャストもピリピリする大巨匠監督の前で、コソ泥役のカメタクは酒の匂いをプンプンさせながら、忍び込んだ寺の僧侶(戊井昭人)との殺陣シーンを演じる。何とか我慢して芝居をしていたカメタクだが、僧侶役の役者は気合いが入りすぎ、カメタクのみぞおちに誤って槍を突き立ててしまう。カメラが回る本番中、カメタクは思いっきり嘔吐する。大巨匠監督の勝負作の本番中にゲロを吐いたカメタクはもはや伝説の俳優だった。だらしない生活を送ることで、そのだらしなさが魅力となっている希有な役者だった。
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