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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.347

皇室、五輪、放尿、滞納つづきの健康保険……曲がり角を過ぎたこの国の物語『恋人たち』

koibitotachi01橋口亮輔監督の7年ぶりとなる新作長編『恋人たち』。橋梁を叩いて安全性を確かめるアツシ(篠原篤)は、橋口監督の分身でもある。

 映画の冒頭、ヒゲづらの男が博多弁でとつとつと愛について語る。男はかねてより交際していた恋人にプロポーズした。どんな答えが返ってくるか、ドキドキする瞬間だ。答えはイエス。男はタバコはもうやめるけんと約束するも、恋人がシャワーを浴びている最中に、うれしさのあまりついタバコを一本吸ってしまう。当然、シャワーから出てきた彼女はタバコの匂いに気づく。男は怒られるかと一瞬ビクつくが、彼女はこう言った。「これから一緒に暮らしていく中で、少しずつ減らしていければいいね」と。ヒゲづらの男はたどたどしくも、かつて恋人と過ごした愛おしい時間を振り返る。そして観客は、その愛はすでに失われたものであること知る。『ぐるりのこと。』(08)以来となる橋口亮輔監督の7年ぶりの新作長編『恋人たち』は、愛を失い、現代社会で迷子になってしまった3人の“恋人たち”に寄り添い、彼らが不幸のどん底から懸命に這い上がろうとする姿を追っていく。

 橋口監督は『ぐるりのこと。』で法廷画家(リリー・フランキー)の目線を通して、阪神大震災後に起きた神戸連続児童殺傷事件や地下鉄サリン事件などの凶悪犯罪を取り上げ、日本の社会構造、日本人の精神構造が90年代に大きく変わったことを浮かび上がらせた。橋口監督がオーディションで選んだ3人の無名キャストを主演に起用した本作は、東日本大震災や原発事故を体験しながら、五輪を誘致することで御破算にしてしまおうという『ぐるりのこと。』以降の今の日本が描かれる。政権が変わっても庶民の暮らしはまるで変わらない。むしろ社会格差や無縁化はますます進んでいる。無名キャストが演じる3人の主人公たちは、社会の荒波に簡単に呑み込まれてしまう。それほどちっぽけな存在だ。

 ヒゲづらの男・アツシ(篠原篤)は最愛の恋人と結婚したものの、通り魔によって伴侶の命はあっけなく奪われてしまった。あまりにも理不尽な出来事に遭遇し、アツシは働けなくなり、健康保険の支払いもできない状況に陥った。橋梁の安全性を点検する仕事に就くが、鬱状態で欠勤がちだった。皇室ウォッチャーの瞳子(成嶋瞳子)はお弁当屋でパートとして働く、ごく平凡な主婦。夫とは機械的にコンドーム付きのセックスをするだけで、家庭内の会話はほぼない。パート先で鶏肉業者の藤田(光石研)と知り合い、肉体を重ね合う関係となる。雅子さまに憧れている瞳子には、疲れた中年男の藤田が自分を狭い檻から助け出してくれる王子さまのように思える。3人目の恋人は、弁護士の四ノ宮(池田良)。同性愛者の四ノ宮は学生時代からの親友・聡(山中聡)のことを想い続けているが、そのことは口にすることができない。一流企業をクライアントにし、裕福な生活を送る四ノ宮だが、心はずっと満たされないままだった。アツシも瞳子も四ノ宮も、本当の愛を求めてこの世界で迷子になってしまった、哀しい“恋人たち”だった。

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