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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.333

肉親と精神科医から食い物にされた天才の悲劇!! ビーチ・ボーイズ暗黒神話『ラブ&マーシー』

love_marcy001.jpgサーフィン、ビキニガール、自動車などをテーマにヒット曲を量産したビーチ・ボーイズ。だが、彼らの音楽性が評価される機会は少なかった。

 ロック史上もっとも美しいアルバムと呼んでも過言ではない、ビーチ・ボーイズの歴史的名盤『ペット・サウンズ』。ビーチ・ボーイズのリーダーだったブライアン・ウィルソンの天才児ぶりが遺憾なく発揮された一枚だ。オルゴールを思わせる美しい旋律とハーモニーの絶妙さは、アルバムのリリースから半世紀が経過した今も色褪せることなく、多くのリスナーの心の琴線をつま弾き続けている。だが、1966年の発表当時は内容があまりにも斬新かつ内向的すぎたため、ビーチ・ボーイズの健康的な明るさを愛したファンからは理解されず、「ブライアン・ウィルソンがひとりで勝手に録音した実験作」という低い評価しか与えられなかった。ファンだけでなく関係者からも自信作が評価されず、メンバーからも「ビーチ・ボーイズらしくない」と酷評され、ナイーブな心を持つブライアンは精神を病んでいくことになる。その美しさとは裏腹に、あまりにも悲劇的な運命を背負ったアルバム『ペット・サウンズ』が製作された舞台裏を、ポール・ダノ&ジョン・キューザック主演作『ラブ&マーシー』は解き明かしていく。

 『ペット・サウンズ』の収録曲が、どれも泣きたくなるほど美しいのには理由があった。ビーチ・ボーイズはブライアン、デニス、カールのウィルソン家三兄弟に従兄弟のマイク、ブライアンの高校時代の同級生アルの5人で結成されたファミリーバンドだった。生活を長年ともにしてきた彼らならではの息の合ったハーモニーがビーチ・ボーイズの売りだった。そこに60年代カリフォルニアの底抜けに明るいイメージが加わり、1962年にデビューするやたちまち大ブレイクする。ブライアンたちに音楽の手ほどきをした父親のマリーがバンドマネージャーを務めたが、この父親がブライアンをはじめビーチ・ボーイズのメンバーを散々苦しめた。売れない作曲家だった父親は息子ブライアンの恵まれた音楽的才能に嫉妬し、自宅でもツアー先でも事あるごとに息子を罵倒し続けたのだ。ビーチ・ボーイズ人気に陰りが出ると、ビーチ・ボーイズの楽曲をさっさと叩き売りするという暴挙にまで出ている。

 幼い頃のブライアンたちは父親の暴力の犠牲にもなっていた。ブライアンの右耳の聴覚がないのは、父親にひどく殴られたせいだという説もある。また、長男ブライアン以上に、ひどい暴力に晒されたのは次男のデニスだった。ビーチ・ボーイズでいちばんの人気を誇ったセクシーガイのデニスだが、晩年は酒とドラッグに溺れ、最期は海で溺死を遂げている。幼少期のDV体験が彼の死期を早めたともいわれている。ビーチ・ボーイズの美しい音楽は、父親の暴虐ぶりを忘れるために生み落とされたものだったのだ。少なくともウィルソン兄弟は美しくハモっている間だけは、父親の悪行を忘れることができた。レコーディングにまで執拗に口を出してくる父親に業を煮やし、ブライアンはマネージャー業からの解雇を命じるが、そのことを父親は根に持ち、さらにネチネチと責め続けた。父親を仕事の場から外すことはできたものの、自宅に戻れば憎悪を溜め込んだ父親が待ち構えている。これは堪らない。ブライアンは22歳のときに、自分がプロデュースしたガールズグループ「ハニーズ」のマリリン・ローヴェル(当時16歳)と最初の結婚をすることになる。

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