麻薬王が賛美されるメキシコ無法地帯の叙事詩! 『皆殺しのバラッド』に見る麻薬カルチャーの現実
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さかしまの世界がスクリーンに映し出される。警官は覆面を被って顔を隠し、麻薬の密輸で成功を収めたギャングたちは英雄として賛美され、彼らを主人公にした歌や映画が大ヒットしている。そして、街にはギャングたちの抗争の巻き添えをくらった罪なき市民たちの死体が犬や猫のように転がっている。街の人たちは血に染まった路上の清掃で忙しい。近未来のディストピアを描いたSF映画かと勘違いしてしまいそうだが、そうではない。『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』は歴然としたドキュメンタリー映画だ。毎年1万人以上もの死者が出ているメコシコ麻薬戦争の実態を、イスラエル出身の報道カメラマンであるシャウル・シュワルツ監督は危険と隣り合わせの状態で4年間にわたって取材・撮影を続けた。
生々しい殺人現場を検証する警官は、まるで銀行強盗犯のように目抜き帽を被っている。なぜ警官が顔を隠しているのか。顔バレしてしまうと、勤務明けにギャングたちに襲われる可能性が強いからだ。警官だけでなく、警官の家族が狙われるケースも少なくない。本作の主人公のひとりであるリチ・ソトは、米国との国境にある街シウダー・フアレスに勤務する善良な警官。ハリウッド映画『悪の法則』(13)の舞台にもなったこの街では、年間3000件以上もの殺人事件が起き、「世界で最も危険な街」と恐れられている。しかし、メキシコでは起きた犯罪に対してわずか3%しか捜査されず、99%の犯罪は罪に問われることなく放置される。街の人たちはギャングからの報復に怯えて口を閉ざし、警察も下手に捜査を進めようとすると命がない。
リチ・ソトはそれでも覆面姿で現場検証を進め、現場に落ちていた銃弾などの証拠品を拾い集める。犯人の検挙に繋がることはほとんどない孤独な作業だ。麻薬組織からの裏金を受け取っている政治家や汚職警官が多く、仮に犯人が刑務所に送られても簡単に脱獄できることをメキシコ市民は知っている。リチ・ソトのマジメな同僚たちは次々とギャングの凶弾によって殉職していく。勤務から無事に帰宅したリチ・ソトに対し、母親は「こんな危ない仕事は辞めて、早く結婚して」と頼む。家族との慎ましい夕食を摂りながらリチ・ソトは悲しそうに首を振る。「他に仕事なんてないよ」。不景気なメキシコで転職するなら、後はギャングになるしかない。リチ・ソトはカメラに向かって語る。「自分が生まれ育ったこの街は、もともとは美しい街だったんだ」。それが今では死体から流れる血と腐敗臭が漂う生き地獄の街になってしまった。
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