入江悠監督のメジャーでの所信表明『日々ロック』たった一人の聴衆に捧げる屋上ライブの愚直さ
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勉強はできない、スポーツもできない、ファッションセンスなし、コミュニケーション能力は著しく低い。そんな“まるでだめお”な主人公が唯一輝ける瞬間がある。それはギターを手に、自作の曲を大音量でがなり立てているときだ。がなっているうちに気持ちよくなって、すぐ裸になってしまう。いや、輝いていると思っているのは自分だけで、ほとんどの人はダサくて、うるさくて、頭のおかしな露出狂としか認識していない。それでも彼は爆音でギターを弾き、そして叫び続ける。そうすることでしか、自分の体の中に渦巻いている猛烈な感情を吐き出すことができないからだ。松竹系で全国公開される『日々ロック』は、入江悠監督にとって初のメジャー公開作となる。『SRサイタマノラッパー』(09)でインディーズ映画シーンを席巻した入江監督による、メジャーでの所信表明的な作品と言えるだろう。ロックであることに、メジャーもインディーも関係ねぇ!! そんなシンプルなメッセージが作品を貫いている。
「週刊ヤングジャンプ」連載中の榎屋克優の同名コミックを原作に、超売れっ子の二階堂ふみをヒロインに配するというメジャー映画っぽいパッケージだが、中身は『SRサイタマノラッパー』三部作と同様に異様なまでに暑苦しく、鬱屈している。『SR』との違いを挙げるなら、ラップがロックに代わり、主人公たちが田舎からあっさり東京に上京してきたことぐらい。野村周平演じる主人公・日々沼拓郎は原作以上の変人で、すぐ裸になり、『少林寺木人拳』(76)のジャッキー・チェンかよと思うくらいまともな台詞がない。高校時代のイジメられっ子仲間たちと組んだバンド名は“ザ・ロックンロール・ブラザーズ”とダサダサの極み。歌詞はひとりよがりで、歌もうまくはない。はっきり言って、彼らの演奏は自分たちだけ気持ちよくなっているマスターベーションにしか過ぎない。無名な男たちの自慰行為にお金を払う奇特な客はおらず、彼らがステージに立つライブハウスはいつもガラガラだった。
ある日、童貞たちの巣窟と化していたライブハウスに、ひとりの珍客が現われる。ザ・ロックンロール・ブラザーズの演奏のド下手さに怒りを覚え、酒に酔った若い女性がステージに乱入してきた。酒乱で怖いもの知らずな、今をときめくアイドルシンガーの宇多川咲(二階堂ふみ)だった。咲はマイクを奪い、RCサクセションの名曲「雨あがりの夜空に」をブチかます。メジャーデビューを果たした売れっ子と売れないインディーズバンドとの違いを見せつけるように、咲はエネルギッシュなステージングで居合わせた観客を一気に魅了してしまう。自分たちのライブをめちゃめちゃにされた日々沼たちだが、嵐のように現われて去っていった咲に心の童貞を奪われる。彼女のキュートな凶暴さは、それこそロックだった。いつか彼女を振り向かせるような曲を書きたい、演奏したい。日々沼たちの演奏がただのマスターベーションから、リスナーを意識したものへと開かれていく。童貞臭をぷんぷんさせる日々沼にとって、咲は大切なミューズとなる。
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