人生観さえ一変させる遅効性のドンデン返し!! 贋作に残した愛の証『鑑定士と顔のない依頼人』
#映画 #パンドラ映画館
『鑑定士と顔のない依頼人』をラストシーンまで見届けた直後は、誰しも「とんでもない悲劇だ!」と打ちのめされるだろう。だが、この映画の奇妙な面白さは、鑑賞を終えてから家路へと向かう途中で、じわじわと別の感慨が湧いてくるところにある。口の中に残っていた後味が、時間が経過するに従って、まるで違った複雑な味わいへと変化し始めるのだ。本作を撮り上げたのはイタリア映画界の名匠ジェゼッペ・トルナトーレ監督。『ニュー・シネマ・パラダイス』(89)の鮮やかなラストシーンで映画ファンを号泣させたトルナトーレ監督だが、本作で仕掛けたラストシーンはより苦く、より深い哀しみに満ちている。大人向けの極上深煎りブレンド風味なのだ。この一杯の極上ブレンドを飲み干すことで、これまで観てきたすべての映画の印象や人生の価値観までも一変するかもしれない。そのくらい強烈なインパクトのある結末が待ち構えている。
主人公のヴァージル・オールドマン(ジェフリー・ラッシュ)は鋭い審美眼を持った美術品の鑑定士。両親の愛情を知らずに育ち、鑑定士およびオークショニア(競売人)として成功を収めたものの、誰も信用することなく優雅な独身生活を送っていた。高級ホテルのような豪邸で暮らす潔癖性の彼には裏の顔があり、元画家のビリー(ドナルド・サザーランド)と組んで名画を格安で落札しては、こっそり自分のものにしていた。ヴァージルしか入れない秘密部屋の内装が圧巻だ。ルノワール、モディリアーニ、ゴヤ……といった人気画家たちが描いてきた古今東西の美女たちの名画300点が壁中に飾られ、ヴァージルのことをじっと見つめている。いつまでも年をとらない二次元の美女たちに囲まれて、ヴァージルはうっとりする。コドクな初老の男にとっての至福極まりない空間だった。
寡黙な美女たちと共に一生を終えるつもりだったヴァージルの人生が、1本の電話によって大きく変わることになる。電話の声は若い女性で「両親が屋敷に残した遺品類を鑑定してほしい」と頼んできた。ヴァージルが屋敷に出向くと確かに彼好みの年代物の家具や美術品が多く、オークションに出品すれば相当の額になりそうだった。だが、鑑定を依頼してきた女依頼人は電話を掛けてくるだけで、一向に姿を見せようとしない。それまで生身の女性に興味を持つことがなかったヴァージルだが、声しか分からない女依頼人の正体が気になって仕方なくなる。やがて依頼人であるクレアは15歳のときにプラハである事故に遭遇し、それ以来“広場恐怖症”を患っていること、そして10年間以上も屋敷の奥にある隠し部屋に引きこもっていることが分かる。人間嫌いの鑑定士と引きこもりの女依頼人。2人は壁を挟んで次第に惹かれ合っていく。
本作の重要なキーワードとなっているのは、ベテラン鑑定士であるヴァージルが語る「贋作者は必ず痕跡を残す」という台詞だ。凄腕の贋作師の手にかかれば、名画と贋作の区別は一般人にはまるで分からない。贋作には贋作師によって、オリジナルの名画に匹敵するほどの狂おしい情熱が込められている。だが、それゆえに贋作師は贋作の中に誰も気がつかないような小さなサインをつい残してしまう。「すべての偽りには本物が隠されている」とヴァージルは説くが、そこが贋作の哀しさ。どんなに観る人の心を打つ作品だろうが、贋作は世間から評価されることがない。ヴァージルは贋作師が残した小さなサインを見つけ出しては、名画と贋作の違いを見極め、売れっ子鑑定士としての名声と富を得ていた。
生身の女性・クレアと知り合ったことで、ヴァージルのそれまでのモノクロのような生活が次第に色彩を帯びていく。隠し部屋にこもったままのクレアの姿をどうしてもその目で確かめたいヴァージルは、顔馴染みの修理工ロバート(ジム・スタージェス)にアドバイスを乞い、ようやくクレアとの初対面を果たす。10年以上も屋敷内にこもって暮らしていたクレア(シルヴィア・ホークス)は純真無垢なる美女だった。これまで女性と縁がなかったのはクレアと出会うためだったのだとヴァージルは浮かれ、自分のコドクだった過去にさえ感謝するようになる。クレアの広場恐怖症は時間をかけて気長に少しずつ治していこう。ずっと自己チューで高慢ちきだったヴァージルの態度が、クレアとの愛を育み始めてから日に日に柔らかくなっていく。恋はあらゆる人間を変えてしまう。
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