映画以上に映画宣伝が面白かった時代があった! 宣伝マンの過剰な情熱『映画宣伝ミラクルワールド』
#映画 #本
消費者を欺く食品偽装が次々と発覚する騒ぎとなった2013年だが、かつては詐欺行為ギリギリの誇大宣伝が平然と出回っていた大らかな(?)時代があった。1970年代後半から80年代前半にかけての映画宣伝は異常なまでの熱気をはらみ、奇天烈なキャッチコピーやポスターに釣られた若者たちが映画館へとぞろぞろと向かった。まるでハーメルンの笛吹きに操られているかのように。そんな過剰な映画宣伝の急先鋒を務めていたのが東宝東和だった。映画ジャーナリストの斉藤守彦氏が上梓した『映画宣伝ミラクルワールド 東和・ヘラルド・松竹富士 独立系配給会社黄金時代』(洋泉社)は東宝東和を中心に、ライバル関係にあったヘラルド、東宝東和の影響を強く受けた松竹富士といった独立系配給会社がメジャー系に負けじと、いやそれ以上に目立ちまくっていた、かつての映画業界を検証したノンフィクション本である。
70年代から80年代にかけて日本で劇場公開された洋画を振り返ると、メジャー大作ではないのに妙に記憶に焼き付いている作品が多いことに気づく。オカルトブームを盛り上げたイタリアンホラー『サスペリア』(77)、主人公が高木ブーに似ているという理由で邦題が決まった人気コメディシリーズ『Mr.BOO!/ミスター・ブー』(76=日本公開は79)、香港映画なのにハリウッド大作と思わせた『キャノンボール』(81)、ヒューマン感動作として売り出されたデヴィッド・リンチ監督作『エレファント・マン』(80)、ノンスターながら特大ヒットとなった『ブッシュマン』(81)……。どれも東宝東和が配給宣伝を手掛けた作品だ。作品の内容よりも、むしろ公開当時の過剰なまでの宣伝がインパクトを残した。
そんな東宝東和の宣伝チームの中心にいたのが“伝説の宣伝マン”松本勉氏。彼が放った初ヒット作が『サスペリア』だった。当時の日本ではダリオ・アルジェント監督はまったくの無名。しかも、宣伝用の素材はほとんどない。宣伝期間はわずか3カ月弱しかなかった。そんな不利な状況で、松本氏は「決してひとりでは見ないでください──」という秀逸なコピーを発案。主演女優ではなく、助演女優の怯えた表情をメインビジュアルに選んだ“伝説の映画デザイナー”檜垣紀六氏が手掛けたポスターに、そのコピーはぴったりハマった。松本&檜垣の黄金コンビの活躍によって『サスペリア』は77年公開洋画の第6位となる10億8,800万円の配給収入を生み出す。
東宝東和のイベント宣伝も強烈だ。ミミズの大群が人間を襲うパニック映画『スクワーム』(76)の公開時には、銀座の真ん中に置いた水槽に1万2,000匹ものミミズと現金10万円を入れてのつかみ取り大会“銀座ミミズ地獄”を催している。イベントには映画とは無関係の水着美女も登場した。ミミズの大群、現金つかみ取り、水着美女……。下世話だが、スポーツ新聞や週刊誌の記事にもってこいのネタだった。青春映画『個人授業』(83)の公開時には、人気ストリッパー・美加マドカを呼んでの“童貞クンコンテスト”が開かれた。果たしてどれだけ興行につながったのか定かではないが、公開の度にあの手この手でイベントを仕込む映画宣伝マンの情熱のほとばしりを感じさせるではないか。
日本人がよりシンパシーを覚える邦題をひねり出すのも、東宝東和の伝統だった。松本氏を上座にした邦題会議では“意味はわからなくとも、一度目にしたら忘れられないモノ”が求められた。「邦題には必ず、“ン”と濁音を入れるべし」が松本氏のこだわりだ。これは薬品のネーミングがヒントとなっていた。「薬品の名称には“ン”と濁音が入っていて、広告やCMスポットにも映え、聴覚的にもインパクトがある」と松本氏は語る。松本氏らが知恵を絞って煮詰めた邦題は、映画ファンの体によく効いた。
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