命令ならばレイプまがいも権威への従属が招く暴挙
#映画 #アメリカ #町山智浩
雲に隠れた岩山のように、正面からでは見えてこない。でも映画のスクリーンを通してズイズイッと見えてくる、超大国の真の姿をお届け。
『コンプライアンス』
ある日、田舎のファストフード店に警察を名乗る男から一本の電話が入った。警官は、女性店員に窃盗の疑いがかかっていると言い、上司に身体検査を命じる。しかし、この電話はアメリカで10年にもわたって起こっていた「身体検査電話事件」のものだった……。
監督/クレイグ・ゾベル 出演/アン・ダウド、ドリーマ・ウォーカーほか(日本での公開は未定)
「警察官のスコットです」
2004年4月、人口1万2000人の田舎町、ケンタッキー州ワシントン・マウンテンのマクドナルドに警察から電話がかかってきた。
「お宅の店員に財布を盗まれたという人がいるんですけどね」
副店長のドナ・ジーン・サマーズ(51歳・女性)は聞き返した。
「どんな店員ですか?」
「レジにいた、若い女性の……」
「ルイーズですか?」
「そうそう、そのルイーズが、カウンターに置かれた財布を盗んだと」
そんな馬鹿な、とサマーズは思った。ルイーズはまだ18歳になったばかりの女子高生。時給600円で真面目に働いてきた女の子なのに。
「警察に協力してくれ。君が私の代わりに、彼女を身体検査するんだ」
『コンプライアンス(法令順守)』は、アメリカで実際に起こった、この「身体検査電話事件」を再現した映画だ。
「私、知りません」と否定するルイーズを、サマーズは裏の倉庫に連れて行き、ドアを閉めた。ルイーズの制服を脱がし、服の中を調べたが何もない。
「下着はどうした?」警官スコットが電話の向こうで尋ねる。「協力しないと、あなたもルイーズと共犯と見なして逮捕されますよ」
サマーズはルイーズの下着を脱がせ、代わりに店のエプロンを着せた。
「お巡りさん、ルイーズはどこにもお金を隠してません」
「いや。女性には隠せるところがあるだろう。そこを探せ」
この身体検査の一部始終は店内の監視カメラに記録されており、映画『コンプライアンス』は、店名、個人名などを変更しただけで、この事件を忠実に再現している。
警官と称する電話による身体検査事件は、95年から全米各地のファストフード店で起こっていた。
ルイーズは泣き始めた。サマーズはスコットに「これ以上できません。お店も忙しいし」と命令を拒否し始めた。するとスコットは「あなたは結婚してますか?」と言い出した。「いえ、でも、来月結婚する予定です」
「では、その婚約者を呼びなさい」
今度は、サマーズに呼び出された婚約者ウォルター・ニックスがルイーズの検査をすることになった。「彼女はドラッグをやっているかもしれない」と、スコットは言う。「息を嗅ぐため、彼女にキスしろ」彼は言われた通りにした。次にスコットは、ルイーズにニックスのパンツを脱がせてアヌスに指を入れるよう命じた。「従わないなら、ニックスに殴らせるぞ」と脅されて、彼女は従った。
この事件で驚くのは、警官と称する電話に命じられた人々が、泣き叫ぶ女の子に対し、簡単にレイプまがいの行為をしてしまうことだ。04年5月、ファストフード店のコックは電話で指示されるまま、16歳のウェイトレスにオーラル・セックスを強要した。
その理由を説明してくれるのは「ミルグラム実験」だろう。61年、イエール大学の心理学者スタンリー・ミルグラム教授は、ある実験の手伝いを募集した。問題に誤答した被験者に罰として電気ショックを与える仕事だ。回答者が間違えると15ボルトずつ電圧を上げていく。電気が流される度に回答者は悲鳴を上げたが、これは演技で、本当に実験されていたのは「拷問者」だった。驚くべきことに、被験者40人中25人が最大の電圧まで上げた。「これは実験だ」「君に責任はない」と言われると、人はどこまでも残酷になれる。
ユダヤ人を大量に拷問虐殺したナチの士官や兵士たちも、冷酷な怪物ではなく、凡庸な小市民ばかりだった。権威がお墨付きを与えると、人は自分の秘めたる欲望を解放してしまう。戦争や独裁政権下の暴虐の原因はそこにある。それを確かめるため、ミルグラム博士はこの実験を行った。犯人は、この実験を知っていたと推測されている。
次にスコットは、店の掃除夫を呼ばせた。しかし、彼は命令を拒否した。「これは間違っている。彼女に服を着せてやれ」ルイーズは2時間以上の恥辱から解放された。
電話主探しが始まった。いたずら電話はプリペイドカードでかけられていて、追跡は不可能だった。しかし、カードの販売店が判明。警察が店に張り込み、04年6月、ついに犯人を逮捕した。デヴィッド・R・スチュワート。警官志望の看守だった。
ルイーズは、サマーズとニックスを性的暴行で訴えた。彼らは「警官に命令されたと思ったから罪はない」と主張している。コンプライアンス(従順)という無責任。あなたは自分の意志で拒否できるか?
まちやま・ともひろ
サンフランシスコ郊外在住。『〈映画の見方〉がわかる本』(洋泉社)など著書多数。TOKYO MXテレビ(金曜日23時半~)にて、『松嶋×町山 未公開映画を観るTV』が放送中。
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