電通・みずほ・トヨタ・ANA……経済評論家・佐高信に聞く、巨大企業の「裏の顔」とは?
──言わずもがな、マスコミ最大のタブーは、広告という「飯のタネ」を提供してくれる数々の大手企業のスキャンダルだ。特に就職先としても人気の高い優良企業は、膨大な広告費を持つゆえ、いいイメージばかりが流布される。「裏の顔」があることは誰もがわかっているのに……では、そんな虚飾に満ちた企業の実態を知るに最適な本はないものか?[07年6月号所収]
そこで、”企業に最も嫌われている評論家”として、忌憚ない企業批判を展開してきた佐高信氏の元を訪ねた──。
佐高(以下、佐) そもそも、いまだに若者には、企業、特に日本を代表するような大企業は素晴らしいものだという誤解があるよね。でも、企業は、封建制で成り立っているもの。江戸時代の藩と一緒なんだよ。トヨタ藩であり、松下藩である。だから社長は世襲が多いし、従業員には言論の自由もないから、企業にとって不都合な情報は表に出にくい。そんな中で、企業の実態を知るために読むべきなのが、経済小説だね。
──でも、小説ということは、フィクションですよね?
佐 いや。経済小説は、基本的に実在する企業や人物をモチーフにしているし、ノンフィクションより緻密な取材をしている。売れっ子作家は、取材費もそれなりにかけられるから、情報も濃い。一方、ルポやノンフィクションの場合は、広報部を通して企業内部を取材をすることがほとんどだ。そのほうが楽だし、訴訟などのトラブルも避けられる。雑誌を持つ大手出版社は、広告的な付き合いもあるしね。でも、それじゃ、企業側に都合の悪いことは書けっこない。
──小説のほうが、ノンフィクションより真実に近いという、ねじれ現象が起きていると。
佐 そう。小説なら、企業名や人名を変えることで、ギリギリのことが書ける。特に故・城山三郎さん、清水一行さんという作家は、周辺取材だけで、作品に登場する人物のモデルには会わないんだよね。会わないからこそ、遠慮なく事実に迫ることができる。もちろん、脚色された部分はあるけど、本質的な部分は、事実とそう異ならない。だから、結局は名誉毀損で訴えられたり、抗議を受けるのも、小説のほうが多いんだよ。かつては、故・梶山季之の『生贄』(徳間書店)という本があった。日本のインドネシア賠償に絡んだ汚職をモチーフにしたものだけど、インドネシアへの”生贄”として、日本人女性が大統領に嫁ぐんだ。モデルはもちろん、デヴィ夫人だけど、その後、彼女に訴えられて絶版になった。高杉良さんの『濁流』【1】では、ある政界フィクサーをモデルにしてるけど、「週刊朝日」(朝日新聞出版)連載中にモデル本人から内容証明郵便が山ほど届き、連載中に主人公の名前を変更したことがある。だけど、どちらも、すごく面白い。
──経済小説は、ジャーナリズムでもあると。
佐 その側面は強いね。日本の小説というのは、明治以来、私小説の類ばかりで、サラリーマンからすれば、そんな青っちょろい話は読めないでしょ。病気になった奥さんの下着を洗うような話とか。そこで、ジャーナリスティックな書き手による経済小説が生まれた。企業というのは日々、権力争いやら不正やらが行われているドラマの宝庫だからね。しかも、そうした闇を表に出すことは、社会的に意味があるわけだから。
──なるほど。ちなみに、リクルートの就職人気企業ランキング(08年度)のトップは、みずほフィナンシャルグループで、2位が全日空、3位に三菱東京UFJ銀行です。これらの企業に関する経済小説で、お勧めの作品はありますか?
佐 銀行が1位と3位? 驚きだね。銀行なんて、封建社会の最たるもの。こんなところに入りたいバカがいるかっていう話だよ。いかに、銀行の実態が知られていないかがわかるね。経済小説の舞台でいちばん多いのは、銀行なんだ。なぜなら、いちばん腐っているから(笑)。でも、銀行はイメージ産業だから、その腐敗ぶりを隠そうとする。そこにつけ込むのが、総会屋。結局、銀行内で権力を握る者は、闇社会との付き合いも必然的に生まれる。こうした企業と闇社会との話が、経済小説の大きな流れのひとつだな。城山さんの出世作は、総会屋を描いた『総会屋錦城』【2】。清水さんの出世作『虚業集団』【3】のモデルは、芳賀龍臥。芳賀といえば、のちに西武の利益供与事件で逮捕される総会屋だよね。みずほに触れた作品の代表格である、高杉良さんの『金融腐蝕列島』(角川文庫)も、みずほの前身・第一勧業銀行をモデルに、銀行と総会屋など闇の勢力とのつながりを描いている。同行は、第一銀行系と勧業銀行系が、たすきがけで人事を決めていた。そこに総会屋がつけ入るスキができたわけ。それを教訓に、次の合併では、第一勧銀と富士銀行と日本興業銀行の3行合併をした。3行なら、たすきがけができないからね。それでも、頭取をどこが出すかでモメて、ATMの主導権争いでトラブルも起こした。こうした経緯は、高杉さんの『銀行大統合』【4】に詳しいよ。
──ランキング2位の全日空は?
佐 これも信じがたい。日本航空よりはマシということか(笑)。航空会社というのは、ポリティカル・カンパニーなんだよ。つまり、政治に首根っこ押さえられているのね。日航には政官界工作のため、族議員に100枚綴りの無料航空券を配り歩く部隊があったし、全日空にはロッキード事件があった。そこでは、右翼の黒幕・児玉誉士夫とのつながりまでがあったわけだ。こうした舞台裏は、本所次郎さんの『金色の翼』【5】に書かれている。
■信じるに足る経済小説の選び方
──さらに、4位はトヨタ、日立が5位、6位が電通です。
佐 日立でいえば、三好徹の『白昼の迷路』【6】というのがある。IBM産業スパイ事件の話なんだけど、この話を書くキッカケは、三好さんの友人の息子さんの自殺なんだよ。日立に入った彼は、新入社員の時に政治的な意識もなく、労働組合の大会をふと覗いた。するとその後、会社側から、社員寮で私物検査をやられる。「おかしいじゃないか」と抗議をしたら、問題社員のレッテルをはられ、さんざん追及された。挙げ句に精神に変調を来して、自殺をするという悲劇を生んだんだ。そこで、義憤に駆られた三好さんが、日立の問題を書くことになった。
──そのほかの2社、トヨタは広告出稿量が日本一の企業、電通はその広告を分配する元締め。まさに、マスコミの2大タブー企業ですね。
佐 この2社は、出版社からしたら小説としても扱いづらいようで、お勧めできるのは、大下英治の『小説電通』【7】くらいかな。まさに電通が広告という飴を使って、メディアをコントロールしているさまを描いている。あとは、小説ではなく、手前味噌になるけど、(佐高氏が発行人を務める)「週刊金曜日」(金曜日)でのルポをまとめた『トヨタの正体』【8】と『電通の正体』【9】は読んでほしいね。巨大化と合理化によってさまざまな弊害を生み出すトヨタと、広告に汚染された現代社会で隠然たる力を持つ電通の実態に迫っているから。いずれにせよ、就活中の学生には、会社案内やリクルート本だけじゃなくて、経済小説も読んでもらいたいな。もちろん、社会人にとっても最低限の常識だよ。
──経済小説を読むことの意味はわかりました。しかし、読んでみると、ちょうちん小説だったりすることも多いんです。いい経済小説を選ぶ基準ってありますか?
佐 作家で選ぶのは、重要だよね。城山、清水、高杉。売れっ子の中でいちばんダメなのは、江上剛(苦笑)。
──江上さんは元第一勧銀マンですが、佐高さんもかつて推薦していませんでしたっけ?
佐 最初は、オレと高杉さんは推したんだけど、そのあと、木村剛が創設した日本振興銀行の社外取締役に就任したんだ。表向きは、まったく関係がないように見せているけどね。この前、朝日新聞の城山三郎さん追悼記事に、江上がコメントを寄せていてびっくりしたよ。彼は城山さんが、いちばん嫌うタイプだよ。そのときの朝日の記事は、ひどかった。江上のほかに、牛尾治朗ウシオ電機会長や、平岩外四元経団連会長に、城山作品を語らせている。牛尾は、リクルート事件で失脚していた人。平岩は、城山さんの作品の中で、『粗にして野だが卑ではない』(文春文庫)を推しているんだけど、この作品は勲章を拒否した実業家・石田礼助の話だよ。それを、勲章を喜々としてもらった平岩が推薦してどうする? 朝日の経済部も、もう少し経済小説を読んだほうがいいわな。
(和田キヨシ/文)
【1】『濁流 企業社会・悪の連鎖』(上・下巻)
高杉良/角川文庫(02年)/各680円
経済誌のオーナー・杉野は、新興宗教にハマる大物フィクサー。大企業や財界人の弱みにつけ込んでは、広告料などの名目で巨額のカネを集める杉野に、政官財界は翻弄され続ける。
【2】『総会屋錦城』
城山三郎/新潮文庫(63年)/620円
「どの大企業にも、数匹、数十匹のダニがついている。用といえば、年に二回の総会ですごんだ声をかけるだけ」。株主総会やその裏で暗躍する総会屋のボスを描く直木賞受賞作品。
【3】『虚業集団』
清水一行/集英社文庫(77年)/377円
戦後の混乱期に戸籍を消された上条健策は、独特の手口で手形の回った企業をそっくり食い続ける知能ギャング。モデルは、後に西武総会屋利益供与事件で逮捕される芳賀龍臥。
【4】『銀行大統合』
高杉 良/講談社文庫(04年)/770円
第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行の各トップは、金融界の大再編に着手した──。トップ同士の調整や会談など、メガバンク誕生の真相に迫る。
【5】『金色の翼 暴かれた航空機商戦』(上・下巻)
本所次郎/読売新聞社(97年)/各1470円
運輸行政の裏で、米国の航空機メーカーからのリベートに群がる政官財の大物たち。ロッキード事件をモチーフに、元総理逮捕へと拡大する航空会社を舞台にした汚職を描く。
【6】『白昼の迷路』
三好 徹/文藝春秋(86年)/1050円
1982年に起こった、IBMの機密を盗んだとして、日立製作所の社員が逮捕された産業スパイ事件がモチーフ。スパイ事件で明らかになった、企業と社員の冷酷なる関係を描く。
【7】『小説電通』
大下英治/ぶんか社(03年)/1575円
メディアへの影響力を駆使して、ほかの代理店をメインにすえる企業をクライアントとして奪う、巨大広告代理店の実態を描く。四半世紀前の小説だが、業界構造は今も変わらず。
【8】『トヨタの正体 マスコミ最大のパトロン』
横田一ほか/金曜日(06年)/1050円
〈プリウスは環境に優しくない〉〈最高級車レクサスと、100万円以上も安いマークXの構造は同じ〉〈格差が歴然とした労働環境〉……暴走する”世界のトヨタ”を徹底批判。
【9】『電通の正体 マスコミ最大のタブー』
週刊金曜日取材班/金曜日(06年)/1260円
テレビや新聞、雑誌といったマスメディアのみならず、五輪や万博、そして、選挙や政局までも動かす力を持つまでに成長した電通の知られざるバックグラウンドをレポート。
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