漫画で”食える食えない”の壁を乗り越える支援を! トキワ荘プロジェクトの試み
#マンガ
デビューしたからといって、一生、漫画家で食えていけるほど世の中は甘くない! ならば、どうすれば「安定」を手に入れることができるのか?
漫画家志望者の若者に安価で住居を提供する事業を中心に、漫画家を支援する事業を行っているNPO法人NEWVERYが運営する「トキワ荘プロジェクト」。これまでに事業の一環として、日本初となるプロ漫画家と志望者の実態調査を行った『漫画家白書』や、漫画家志望者が連載獲得まで生き残るにはどうすればよいのかというキャリアプランを明らかにする『マンガでメシを食っていく!』という調査報告を刊行してきた。
今回、新たに発刊される『マンガで食えない人の壁』は13名のそれぞれタイプの違うプロ漫画家に、それぞれがどうやってプロになったのかという点に絞り込んで聞き取り調査を行ったものだ。
「これまで200人以上の漫画家志望者と接している中で見えてきたのは、漫画雑誌志望者が出版社とやり取りを開始した前後辺りから、本当のプロなるにはどうすればよいかという壁に突き当たっている人が多いということです。今回はプロ漫画家に”私はこうして漫画家になった”という過程を語ってもらい、プロ漫画家志望者に、自分が何をすべきか気づいてもらおうと考えて制作しました」(トキワ荘プロジェクトのディレクター・菊池健氏)
通常、商業漫画雑誌で、一人の編集者は20~30人の新人を担当するとされる。その中でも、編集者が直近で連載を持たせる実力を秘めている「強化選手」として見ているのは、2~3人程度だという。
つまり、デビューしてからも激しいサバイバルが待ち構えているということ。今回、自らの来歴を披露している13人の漫画家のラインナップを見ると田中圭一・おおひなたごう・野間美由紀・すがやみつると、名だたる面々。これまで、全体的なデータを調査し、漫画家のキャリア全体を示した。最後に最も難しい部分に注力して多彩なケースを調べたものという位置付けだ。
「『マンガでメシを食っていく!』は、むしろプロとして活躍している漫画家から”若いときにこんな本があればよかった!”という感想をいくつももらいました。でも実は、若いときに読んでもピンとはこない。そこは人によって状況が違いますから、その人の置かれている状況に刺さる言葉が必要です。そこで今回は、質問を『壁』となるポイントに絞り込み、さまざまな方にお話をうかがいしました。」(菊池氏)
漫画といえば、雑誌に掲載し、受賞・デビュー・連載と進む道がスタンダードとされてきた。雑誌や単行本の売り上げが華やかな時代の漫画家志望者は、ただひたすらに面白い漫画を描いていればよかった。しかし現在は、そのような破天荒な生き様を許容してくれない時代ともいえる。漫画家としてデビューする形も、携帯・電子コミックや、ブログやイラストサイト、掲示板などきっかけにデビューするなど多彩な形がある。
この時代にあえて雑誌掲載を選んだことにも理由がある。
「確かにさまざまな形でのデビューが可能になりましたが、プロになっていく、修行を行っていくにあたっては、雑誌連載を目指すことはまだまだスタンダード。ある程度実力がつくまで修行をし、それからそのまま雑誌を目指すか、ほかの方法を選ぶか考えるアプローチもひとつではないか」(菊池氏)
13人の漫画家を並べて「この通りにすればいいよ」とマニュアル的に語るのではなく、志望者がプロ漫画家としてどうすればよいかと、ひらめくチャンスを提供したい。1人の成功パターンだけでは足りず、13人のさまざまなケースを見て、一つか二つでもそこから何かをつかみ取ってほしいと、菊池氏は見ているのだ。
■デビューした一歩先を教えるシステムを構築
トキワ荘プロジェクトだけでなく、漫画家の養成を目的とした事業は大学・専門学校など、さまざまな形で幾つも行われている。菊池氏は、その先には「プロスクール」すなわち、デビューした漫画家向けに、漫画家として生き残ることを支援するシステムが必要になっていると見ている。世界的規模で見れば、日本の漫画をはじめとしたコンテンツは注目されている。しかし、国内出版産業においては右肩下がりが続いている。それでも、毎年、デビューする漫画家の数は、ほとんど変わっていない。デビュー数が変わらないのに、全体の売り上げは減っているわけだから、漫画家として生活をしていくことは難しくなっていく。商業誌に読み切りが掲載されたまま、次回作が掲載されることもなく消えてしまう可能性は、増しているといえる。
そうした中で1月末に、トキワ荘プロジェクトでは税理士による漫画家向けの確定申告講座「プロ漫画家向け確定申告講習会 ~原稿に集中するための税務・節税対策~」を開催した。
「参加者からは好評でした。”これまで自分で確定申告をしていてもその方法が適切なのかどうかわからない””税理士に頼んでいるが、税金のことは難しくてわからない”といった声に応えることができたと思っています。今後、東京だけでなく関西でも同様の講座を行う予定です」(菊池氏)
芸術家を気取るのではなく、漫画家をフリーランスの職業の一つとして認識すること。ここにも、生き残っていくための一つのカギがあるといえる。また、確定申告の講習が好評を得たということは、漫画家も自身を専門的な職業人たらんとしていると分析することができる。今後は、アンケートや現役プロ漫画家からの声も多い、パソコンを使用した漫画の描き方など、数タイプのプロ向け講座開始を検討している。
漫画家が成功するための道筋をどこまでシステマティックにできるかは、さまざまな議論があるところだ。それでも、トキワ荘プロジェクトのような試みに触れることで「気づき」を得る機会が増えるのは、歓迎すべきことである。
(取材・文=昼間たかし)
●第1回漫画家フォーラム~マンガ教育の過去・現在・未来~
【日時】 2012 年2月22日(水) 19:00-21:00(開場18:30)
【場所】 新宿コズミックセンター 大会議室 東京都新宿区大久保3-1-2
【定員】 50 名(要・参加申込/先着順)
【参加費】 2,000円 (税込)
【対象】マンガ業界の将来に関心のあるすべての方
【主催】トキワ荘プロジェクト
【登壇者】
– 漫画家 –
すがやみつる
代表作『ゲームセンターあらし』『仮面ライダー』(原作:石ノ森章太郎)など。早稲田大学人間科学部eスクール教育コーチ、京都精華大学マンガ学部非常勤講師(2012年4月より)
樹崎聖(きさき・たかし)
代表作:『交通事故鑑定人環倫一郎』『ZOMBIEMEN』『10年メシが食える漫画家入門』『10年大盛りメシが食える漫画家入門』など。現在は電子書籍にて編集長を務める。
鍋島雅治(なべしま・まさはる)
漫画原作者:代表作『検事・鬼島平八郎』『築地魚河岸三代目』『火災調査官・紅蓮次郎』など。
– 司会 –
菊池 健 (きくち・たけし)
トキワ荘プロジェクトディレクター、デジタルハリウッド大学院研究員
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