名品かハタマタ迷品か!? 前の持ち主の”痕跡”を探る『痕跡本のすすめ』
#本
古本屋でずっと読みたかった本を見つけ、喜んで中身を見るとガックリした、という経験はないだろうか。外見はそこそこキレイで値段も良心的なのに、何かをこぼしたシミがあったり、メモ書きがあったり。
しかし、世の中にはちょっと変わった趣向を持つ人もいるようで、前の持ち主が残していった書き込みや挟み込み、破れ、よごれ、ヤケといった”痕跡”にこそ魅力があると感じ、収集している人がいるという。その第一人者が、『痕跡本のすすめ』(太田出版)の著者であり、「古書 五っ葉文庫」店主の古沢和宏氏だ。
本書は、古沢氏が大学在学中から10年以上じっくりと時間をかけて収集してきた、この世に1点だけの名作(迷作?)を紹介する、世界初の痕跡本コレクション&楽しみ方入門本。
紹介されている60冊ほどの痕跡本はどれも持ち主の気配が濃厚で、何か迫りくるような熱気が込められた名作ばかり。そのトップを飾る1冊が、『まだらの卵』(ひばり書房)だ。
この本は、グチャグチャの死体やらいびつな生き物が出てくる、かなりグロテスクな作風のホラー漫画。この本の痕跡は、まるでこの作品を自分なりに精いっぱい読み解き、よりホラー感をアップさせようと試みたかのような無数の穴、穴、穴。
表紙の中心部から広範囲にわたって針でメッタ刺しにされ、深いところでは20ページ目にまで達する。針で刺された部分がブツブツと浮き出て、しかもそこが長い年月の経過よってできたシミで黄色く変色し、まるで鳥肌のよう。コ、コワイ……。
自分がゲイだという事実に悩んでいる男性らしき人物が持ち主だったベンクト・ダニエルソンの『愛の島々』(新潮社)では、「同性愛」と「割礼」という単語にのみ特化して丹念に赤線が引かれていたり、がむしゃらな勉強家が持ち主だったと見られる『空想から科学へ』(岩波文庫)には、「空想から科学への社会主義の発展」という章にだけ、余白を埋めつくすほどの注釈と、何色ものボールペンを駆使した書き込みがある痕跡本なども。
また書き込み以外にも、安楽死に関する本、それも安楽死の是非を問うページに挟まっていた仏壇の写真や、孫から祖父へ送られた「この手がみはぜったいすてては、いけません しぬまですててはいけません」と記された無邪気な脅迫文入りの本などもあり、残された痕跡の種類は本によってさまざま。
近年、大手古本屋「ブック○フ」の影響で、新品同様のキレイな本が売買されることがごく当たり前になった。それゆえ、”誰かの持ち物だった”という事実をどこか忘れがちになってしまったような気がする。
大切に読み込まれた痕跡本は、ただキレイな古本とはまったく違う。痕跡本はとにかく読みづらい。けれど、そこには、前の持ち主と本との物語が刻まれ、誰も知らない秘密やミステリーが隠されている。その痕跡を探し出し、面白がり、価値があるかどうかを判断するのは、本を手に取った人次第。
本書で紹介されている、痕跡本をアナタはどう読み解く?
(文=上浦未来)
●ふるさわ・かずひろ
1979年滋賀県生まれ、愛知県在住。「古書 五っ葉文庫」店主。大学在学中に古本の楽しさ、奥深さに目覚める。やがて、大切に読み込まれた本には持ち主との物語が刻まれていることに気づき、書き込みやよごれが残る本を「痕跡本」と名付け、収集を開始。現在、日本各地のブックフェア、古本市などで痕跡本の面白さを一般に広めるため、精力的にイベントを行っている。本書は初の単行本となる。
わかる人にはわかる。
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