バナナは人類の救世主!? そのありえないポテンシャル『バナナの世界史』
#本
今年も、東京マラソンではドール社がランナーに向けて数万本のバナナを無料配布する。バナナ=健康食というイメージは、すっかりお馴染みのものとなった。しかし、一方で、その安さから「バナナ=貧乏食」というイメージもぬぐいきれない。どこか滑稽で、安っぽいイメージが付きまとうこの果物。日本人にとって、バナナは身近すぎるあまり、不当に軽んじられているのではないだろうか。『バナナの世界史 歴史を変えた果物の数奇な運命』(太田出版)は、そんなバナナの既成概念を変える良書だ。本書を執筆したのはダン・コッペル。『ナショナルジオグラフィック』などにも寄稿するアメリカ人ジャーナリストだ。
本書が描くバナナの歴史を辿ると、そこに見えてくるのは、アメリカを中心とするグローバル化の歴史だ。熱帯地方からアメリカへのバナナの輸入が増大したのはおよそ150年前の南北戦争が行われていた時代。この当時、蒸気貨物船が普及してきたことによって、収穫からの賞味期限が短いバナナを、カリブ海の島々からアメリカまで輸送することができるようになった。その後、わずか数十年で、アメリカの食卓には欠かせない食べ物として君臨し、今でもその地位は揺らいでいない。
バナナをめぐっては、これまでにさまざまな争いが行われてきた。グローバリゼーションを押し付けられる立場となったエクアドルやグアテマラ、コロンビアといったバナナ生産国。「ドール」や「チキータ」などのバナナ企業の力はあまりに強く、時に法律や内戦にまでも干渉してくる。さらには、中南米に対する覇権を獲得したいという思惑を持つアメリカ政府の後ろ盾も獲得したバナナ企業は、税金も支払わずにプランテーションでの大規模バナナ栽培を行ってきた。しかも、多量の農薬を必要とするバナナ栽培農薬の労働環境は最悪極まりなく、農薬の影響によって肌が青く変色してしまったり、無精子症を患ってしまったりする労働者は後を絶たない。だが、彼らとしても報酬のいいバナナ農園の仕事は魅力的。命と賃金を天秤にかけ、労働者たちはバナナ農園で働いている。
素朴すぎる食べ物だからこそ、バナナには語るべき側面があまりにも多い。著者の探究心と溢れんばかりのバナナへの愛には、ただ頭が下がるばかりだ。では、なぜ、著者がバナナのためにここまで懸命になるのだろうか。それは、バナナはこれからの地球の命運を握っているからである。
昨年、地球上の人口は70億人を突破した。今後も人類は増加する一方で、2025年には80億、2040年には90億人に迫るという予測も出されている。増え続ける人類の空腹を満たすために、バナナに寄せられる期待は大きい。人口が爆発的な勢いで増加するアフリカやアジアなどの熱帯地域で生育し、栄養価もとても高い。「ウガンダが飢餓に苦しまずにすんでいるのは、バナナによるところが大きい」と言われるほど、バナナは熱帯地域にとって重要な食べ物なのである。
だが、そんな救世主を取り巻く状況は安寧ではない。一般的には知られていないが、「シガトカ病」「パナマ病」「BXW」といった疫病が世界的に流行しており、バナナは絶滅の危機を迎えている。この解決のためには、一刻も早い品種改良が求められるものの、種を付けないバナナの品種改良は容易ではない。この改良を一刻も早く実現するために、著者は病気に強い遺伝子組み換えバナナの必要性を主張するが、政府や消費者がそれを受け入れるには時間がかかるだろう。その間にも、世界中のバナナ農園では、病気に感染し立ち枯れしたバナナが処分されていく。
まるで、大河ドラマのような壮大な物語と、未知の可能性が詰まった果物。バナナは世界を救うのか、それとも世界からバナナは消えてしまうのか。マラソンやダイエットに役立つだけがバナナの本質ではない。バナナの行方は人類の行方も左右するのである。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])
●ダン・コッペル
自然、科学、アウトドアを専門とするジャーナリスト。「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」「ナショナルジオグラフィック」「ワイアード」などの雑誌に寄稿。ロサンゼルス在住。
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