フロより迷路!? 異次元の世界が広がる迷路宿へ『四次元温泉日記』
#本
近年まれに見る大寒波が襲う日本列島。こんな季節、やっぱり行きたくなるのが温泉だ。
「ほぁ~~~」
冷え切った体を湯船に沈めた瞬間、思わず魂の抜けたような声が出てしまうのは私だけではないはず。わが国は温泉大国であり、全国各地に有名な温泉地がある。もちろん温泉ファンも多く、ガイドブックに始まり、愛好家たちによる温泉本は数知れず。けれど、今回紹介する『四次元温泉日記』(筑摩書房)は、今までの温泉本とはずいぶん違う。なぜなら著者の宮田珠己氏は、温泉にまったく興味がないからだ。
<私の見たところ、温泉は風呂であり、風呂は家にあり、その家風呂さえも入るのが面倒くさい。人は何を好き好んで風呂に入るためだけに遠くに出かけるのか、その意味がわからんと前々から不思議に思っていた>
こんな出だしで始まる本書だが、もう1点、他の温泉本と違う特徴がある。それは、”迷路”と温泉のコラボである。
というのも、宮田氏は迷路のように複雑化した旅館やへんな宿が大好きで、そういう”迷路宿”を探しては泊まり歩いている人物なのだ。
今回の温泉旅行は、おもに温泉通の知人2人と宮田氏の3人旅。三朝温泉(鳥取県)、湯の峰温泉(和歌山県)、四万温泉(群馬県)、微温湯温泉(福島県)、瀬見温泉(山形県)別府鉄輪温泉(大分県)など、東北から九州までを網羅。全国各地には”迷路宿ファン”の間でも有名な”迷路宿”というものがあるらしい。
そういう宿には本書の表紙写真のように、まっすぐに歩けないほど右に傾いた階段や、なぜか二手に並走する廊下、中ニ階の三階のような空間が現れるなど、通常ではちょっと考えられない、ナゾのしかけに満ちている。
宮田氏が泊まったホテルの名前はほとんど伏せられているが、読んでいると、どの宿か探し出して訪れたい願望がふつふつと沸いてくる。
前半は迷路宿がメインに話が進んでいくのだが、次第に温泉そのもの、温泉の持つ独特の空間にも宮田氏が惹かれていく様子が伝わってくる。風呂嫌いの人が温泉好きになる過程、これも読みどころのひとつかもしれない。
これまで誰も追及しなかった、”温泉”と”迷路”という奇妙な組み合わせ。これを読めば、まだ見ぬ温泉界の四次元へどっぷり浸かれそうだ。
(文=上浦未来)
●みやた・たまき
1964年、兵庫県生まれ。旅エッセイを中心に執筆活動を続ける。『東南アジア四次元日記』『わたしの旅に何をする。』『ときどき意味もなくずんずん歩く』(幻冬舎文庫)『ウはウミウシのウ シュノーケル偏愛旅行記』(白水Uブックス)『旅の理不尽 アジア悶絶篇』(ちくま文庫)、『なみのひとなみのいとなみ』(朝日新聞出版)、『スットコランド日記』『スットコランド日記 深煎り』『だいたい四国八十八ヶ所』(本の雑誌社)など、著書多数。『東南アジア四次元日記』で第3回酒飲み書店員大賞を受賞。
『千と千尋』の油屋とかね。
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