草食系社会でも「女性は性を捧げ、男性は生活を保証する」が変わらない理由
#本 #インタビュー
昨今、「震災婚」「年の差婚」など結婚に関する言葉をよく見かける。自身の恋愛観や結婚観を見つめ直している人も少なくないようだが、そのような人にも参考になるであろう本が、「どのようにして私たちは他者と出会い、関係をつくり、育て、維持・発展させていくのか」ということをテーマに、社会学者のジンメルやデュルケムなどの言葉を引用しながら考察した『〈脱・恋愛〉論 「純愛」「モテ」を超えて』(平凡社新書)だ。同書の著者で、早稲田大学で教鞭をとる著者の草柳千早教授に、条件で結婚相手を決めることや本書に登場する社会運動家・松本正枝さんについて話を聞いた。
――先生は現在、どんなテーマを研究されているんですか?
草柳千早教授(以下、草柳) 私は社会学の社会問題を研究しています。というと、具体的に「どんな社会問題なのか?」と聞かれることが多いのですが、具体的な社会問題を追いかけているのではなく、一人ひとりが持っている生きづらさや違和感が、どのようにして社会性を獲得し、社会問題としてみんなの問題として認知されていくのか、そのプロセスに関心があります。そして、声を上げ、社会問題として世間に認識された問題よりも、「それは個人のわがままではないか」というような、人の生きづらさが否定され、かき消され、社会問題としては挫折させられていくようなプロセスや、そこにどんな力が働いているのかということに関心があります。
――その関心の延長線上で、今回、本書を執筆されたということでしょうか?
草柳 私がそういったテーマに一番最初に関心を持ったのは、自分自身が結婚や離婚をしたという経験からです。そのときに、既存の結婚制度や結婚に関する法律、また、世間の「妻とはどうあるべきか」「結婚とは幸せなものだ」という考えに違和感を持ちました。そういう経緯から本としてまとめました。
――最近発表された国立社会保障・人口問題研究所の「出生動向基本調査」によると18歳から34歳の未婚男性で交際相手がいない男性は6割を占めています。こうした社会的状況はどう分析されていますか?
草柳 まず、この調査では異性の交際相手しか聞いていません。中には異性の交際相手はいらないけど、同性の交際相手がいるからいいと思っている人が入っているかもしれない。この調査は、結婚という国の関心に基づいた調査なので、交際の実態はよく分からないですね。
――たとえば、異性の交際相手が欲しいけれどもいないという人についていえば、特に男性では経済的な理由が大きいのでしょうか?
草柳 恋愛に幻想を持っていると、交際相手がなかなかできないように思います。つまり、こういう人と付き合いたいといった、先にイメージがありきで、それに合うような人を探している。でも、自分の周りにはいろんな人がいて、そのいろんな人との中での楽しさや、ちょっといいなという気持ちがあれば、そこから何かが発展するかもしれない。お金の問題に関していえば、お金が理由で結婚や恋愛ができないのではなく、お金がある恋愛や結婚をしたいと思い込んでいるから、お金がないとダメという発想になっていると思います。
■条件以外のどこを見て、相手を選ぶのか?
――本書に出てくる松本正枝さんという社会運動家の女性も、約80年前に「女性は男性に性を捧げ、男性は生活を保障する」といった、条件で相手を選ぶことに疑問を呈しています。松本さんとはどんな方だったのでしょうか?
草柳 私も本で知るまではまったく知らない人でした。松本さんに関する資料はとても少なく、昭和6年頃に「婦人戦線」という雑誌で、「結婚の経済学」「恋愛の経済学」「セックスの経済学」「貞操の経済学」などを連載していたようです。
――松本さんが指摘する「女性が男性に性を捧げ、男性は生活を保証する」というような状況は現在でもさほど変わっていないように思うのですが。
草柳 かなり状況はよくなっているとは思います。ただ、女性が1人で食べていくのは現在でも大変ですし、女性のほうが圧倒的に非正規雇用の割合も多いですね。そうすると、結婚に関して、どうしても経済的に頼れる人が欲しいということになる。それは、本人の打算や計算というより、社会の構造の問題だと思います。そして、それは男性側にとっても、松本さんも指摘しているように、そうやって女性に生活を保障できない男性が、恋愛や結婚、性から疎外されている状況は今もあるといえます。
――草柳さんや松本さんが指摘されているように、結婚相手を選ぶときに学歴や稼ぎといった条件ではなく、自分の身体感覚でいいなと思える相手と付き合えるほうが素敵な気がします。
草柳 学歴や稼ぎといったものはあくまで条件で、その人にとって本質的な問題ではないと思います。というのも、生まれた時代や、運がいいとか悪いとかといった、その人がどういう人かとはあまり関係のない理由で、職が決まったり、決まらなかったり、お金が転がり込んできたり、そういうことで成立している。たとえば、私の年代だと、有名な金融企業の人と結婚したから安泰だと思われていましたが、その後、会社が倒産し、安泰ではなくなった人もいます。また、ロストジェネレーションと呼ばれる世代も、たまたま景気が悪い時に学校を卒業したから、就職が難しい。今の社会は何が起こるか分からないから、条件や年収のようなその人そのものではないもので選ぶと、その条件は今後いくらでも変わる可能性がある。そんなことで選んでいいのかと私は思います。
――条件以外で選ぶとなると、人間性を見るということでしょうか?
草柳 たとえば、どんな逆境でも明るい、打たれ強い、一緒にいると楽しい、朗らかだからなんとなく楽しい気分になるといったような、その人自身を見たほうが確かじゃないかと思います。条件はその時にたまたまそうなっているだけですから。
――草柳さんは離婚を経験されていますが、そのような自分の身体感覚的なもので相手を選ばれましたか?
草柳 一緒にいたら、楽しかったからですね。ところが、結婚という制度、型、結婚したなら女はこうすべきだという、そういった世の中の通念のようなものに負けてしまいました。
――本書をどんな人に読んでもらいたいですか?
草柳 恋愛や結婚に価値があると思われている風潮に対して違和感があるような人に読んでほしいです。「恋愛や結婚はいいものだ」という価値付けは今の社会の中にあると思う。そういう価値付けに対して、少しでも疑いを持ったことがある人に読んでほしいです。
(構成=本多カツヒロ)
●くさやなぎ・ちはや
1959年愛知県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。慶應義塾大学大学院社会学研究科修士課程修了。株式会社生活科学研究所、大妻女子大学等を経て、現在早稲田大学教授。文学博士。著書に『「曖昧な生きづらさ」と社会ークレイム申し立ての社会学』(世界思想社)がある。
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