今年こそ出かけよう! 黒部の秘境を貫く「高熱隧道」見学ツアー
富山県には、一般人が乗車できない鉄道が2本も存在する。その一つが関西電力黒部専用鉄道である(もうひとつは、国土交通省立山砂防工事専用軌道)。この鉄道は、黒部峡谷鉄道の欅平駅から黒部第四発電所まで約6.5キロメートル。黒部川にある関西電力の水力発電所を管理するために存在する鉄道だ。黒部の秘境を貫く、この鉄道をぜひ、みんなにも体験してもらいたいと思いを込めてレポートする。
この鉄道に乗車するのは、案外簡単だ。関西電力が毎年行う「黒部ルート」には「小学校5年生以上で、乗り物の昇降や階段の歩行に支障がない方」であれば、誰でも応募できるので、これに当選すればいい。毎年3月頃から応募が始まり、見学会は5月末から11月初めまで2011年度には計34回開催されている。ただ、倍率は高めだ。見学ルートは欅平駅を出発するルートと黒部ダムを出発するルートとがあるが、休みが取りやすそうな夏の金曜日(開催は平日のみ)は応募倍率が最高7.3倍(2011年度)にもなる。シーズン前後の水曜日開催などは倍率は低いが、近県以外では前日泊が必須になる。これが、参加を厳しくすることになる。
というわけで、応募したのはシーズンオフの欅平駅出発ルート。朝9時20分に集合とのことだが、その時間に到着するためには、黒部峡谷鉄道の始発駅のある宇奈月温泉に一泊して7時発の列車に乗らなくては到着不可なので、前日の夕方に宇奈月温泉に到着した。
到着して驚いたのは、シーズンオフの温泉のわびしさ。観光客は、ほとんどいないし店も、ほとんどが夕方5時には早くも閉店。メシを食べようと思ったら、コンビニと食堂が、一軒ずつ……。うん、山奥に来た気分になってきたぞ!
冬の厳しい黒部峡谷の維持管理は、大変な仕事だ。早い話、どこかが壊れたら発電所が停止してしまうので、一年中なにかしらの工事が行われているわけだ。観光鉄道である黒部峡谷鉄道は冬になると運休するので、線路沿いに設けられたコンクリートで覆われた通路を歩いて欅平駅へ向かうという。距離にして20キロあまり、トロッコ電車で1時間あまりの距離を歩いて向かうとは驚きである。それでも開通した昭和12(1937)年頃には、乗車の際に「生命の保証はしない」旨が書かれていたというから、マシになったというべきだろうか。
富山県出身の室井滋による観光アナウンスを聞きながら、景色を眺めているうちに電車は、欅平駅に到着。観光鉄道はここまでで、ここから先は関西電力の専用軌道となる。欅平駅を降りると、観光客がいっぱい! と思ったら工事関係の人たちだった。工事関係者も、ここからさらに奥へと向かうので、そのための専用列車も走っているのだ。
■巨大エレベーターの先に
再度、欅平駅からトロッコ電車に乗車。ここから先は、一般人乗車不可の路線。これで数百メートル進んで下車してからが本番だ。
トンネルの奥にあるのは、巨大な竪坑エレベーターだ。これは急勾配すぎて鉄道を延ばせないので建設されたもの。このエレベーターで標高599メートルから標高800メートルまで一気に上昇。ビルにして50階分の高さだ。このエレベーターが竣工したのは昭和14年、戦前の日本にすでに、このような技術力があったとは驚きだ。
エレベーターを降りると、そこは欅平上部駅。専用軌道で一般人は乗車できないけど、ちゃんと駅である。駅名表示板も、時刻表も、待合室だってあるのだから。
ここから、仙人谷を経由して黒部第四発電所まで関西電力上部専用軌道は6.5キロメートル。ほとんどの区間が、トンネルの中だ。そして、ここから仙人谷までの間に、この見学会のメインともいうべき「高熱隧道」がある。
昭和11(1936)年に開始された仙人谷ダムを建設から始まった黒部川第三発電所の発電事業。秘境の谷には、人間ひとりのすれ違いも困難な隘路しかなく、資材運搬にはトンネルを掘り、トロッコを運搬するしかなかった。そこで当時の日本電力によって建設されたのが、この専用軌道だ。
ところが工事は難航した。トンネルを掘り進めているうちに、岩盤の温度が以上に高い区間に突き当たったのだ。岩盤温度は摂氏100度にも上昇(最大165度になったという)し、急遽、黒部川の水をくみ上げて作業員にかけながら作業を進めることに。もちろん、焼け石に水である。まるで温泉の中で作業しているような具合になり、次々と作業員は倒れる、さらに熱でダイナマイトが自然発火する爆発事故も発生。冬には雪崩で飯場が峡谷の対岸まで吹き飛ばされ80名以上は死亡する事故も起こった。ダムが完成し発電が開始されたのは昭和15(1940)年。それまでに死者は300人を超えた。軍需産業のために電力が欠かせなかった当時だからできた人海戦術の工事、現在では不可能な事業だろう。
現在は、トンネルで貫かれたことで岩盤温度も下がっているが、それでも危険なため列車は独特の耐熱車両だ。狭い列車で膝を寄せ合いながらこのトンネルの難工事の説明を、イラスト入りで解説してもらっていると、ついに列車は高熱区間に。扉を開けてもらうと、熱風ではなく、生暖かい空気が流れ込んでくる。と、思ったら、あっと言う間に高熱区間は終了。吉村昭の小説『高熱隧道』でも書かれた、日本史上有数の難工事区間も、尊い犠牲のおかげで、難なく通過できるのである。
■「みゆき部屋」って何?
見学会は、仙人谷ダムの全景を眺めて、黒部第四発電所で美味しい水をもらって、発電所のタービンを見学していく。
黒部第四発電所には中島みゆきが、紅白歌合戦で「地上の星」を生中継で歌った時の控室があり、今でも「みゆき部屋」として語り継がれているのだとか。また、トンネルの途中の中島みゆきが歌った場所にはパネルが掲示してあるそうだけれど、暗くて何も見えず。中島みゆきネタはさらに続き、発電所から黒四ダムへ向かうインクライン(早い話がケーブルカー)の車内では、紅白の時の録画映像の鑑賞会が。関係者には、よっぽど嬉しい出来事だったのだろうか。途中で歌詞を間違えたところでは「ここで間違えたおかげで、口パクじゃないって証明できるんですよ」とフォロー(?)まで。
見学会は、さらに「黒部トンネル内専用バス」という、これも関係者専用のトンネルを通過するバスに乗って黒四ダムまで続いていく。そのまま黒四ダムで現地解散だが、ここから人が住む町まで戻るのも一苦労だ。立山黒部アルペンルートを通って富山県方面へ抜けるか、トロリーバスとバスを乗り継いで長野県側の信濃大町まで向かうかである。筆者は、信濃大町方面へ向かったが、料金は合計で3,000円あまり。路線整備のために高額な費用のかかる路線であることを実感させる。
毎年開催される見学会だが、大々的な募集は行われず、2~3月頃から富山県と関西電力のサイトで、ひっそりと告知されるのみ。
応募期間を見逃さず、普段は行けない秘境に行ってみよう。
(取材・文=昼間たかし)
泡雪崩こわいです。。。
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