人気漫画家が連載の合間にアニメを自主制作!? 少人数×3DCGアニメの可能性
#アニメ
2006年にテレビアニメ化もされた人気コミック『史上最強の弟子ケンイチ』を「週刊少年サンデー」(小学館)にて連載する漫画家・松江名俊。彼が執筆活動の合間に制作していた自主制作フル3DCGアニメ『技の旅人』が、実に3年の制作期間を経て完成した。
文明が崩壊した世界で武者修行の旅をする少女・てくにの活躍を描いた本作は、松江名氏が原作・脚本・制作総指揮・監督をひとりで担当した話題作だ。彼が何を思って自主制作アニメを作り上げたのか。作品にこめた熱い思いを聞いてみよう。
■漫画週刊連載と二足のわらじで進めたアニメ制作
――『技の旅人』はいつごろから制作をスタートさせたのでしょうか。
「およそ3年前です。最初は制作何年というようなノリではなく、もっとさっさと終わる予定だったんですが、予想以上に長引いてしまいました」
――今回は原作、脚本、監督をひとりで担当されたそうですが、実際のところ、どの程度の規模で制作されたのですか。
「正確には3人くらいで作っています。まず、音楽は『ほしのこえ』『星を追う子ども』など新海誠さんの作品で音楽をやっていた天門さん。映像はゲームのグラフィックをやってる方。どちらも高校時代の先輩というよしみでお願いしました。あとはウェブで知り合った方ですね。ただ、基本的に全部のシーンを私が完成させています」
――週刊連載をしながらの作業という過酷な制作だったわけですが……。
「わかってはいましたが『何でこんなことやってるんだろう』『取り返しのつかないことを始めてしまった』と思いながらやっていました(笑)。1週間のうち、だいたい半日くらいしか休みが取れなかったので、その時間をアニメ制作にあてるという感じで、ほぼ3年働き続けました。最後の方は『これは終わらせないと死ぬ』と命の危険まで感じました。DVDの発売日が決まったおかげで、終わらせるタイミングができたという感じです。それがなかったら、いつまでもズルズルと作っていたと思います」
――自主制作アニメというと、動画枚数の多いアクションを描くことが難しいためか、文芸路線にいくことが多いですよね。しかし、『技の旅人』ではアクション活劇に挑戦しています。
「文芸路線でいけば、たぶん3カ月で完成したとは思います。でも、自分の取りたいアニメがアクションでしたので面倒なことに(笑)、それに私は格闘漫画を描いているのでカット割りに漫画的な手法を入れていったら面白いかもと思いました。あ、あとお色気も」
――制作に使用したソフトもハイエンドのものではなく、安価なソフトを使っているそうですが。
「『Lightwave3D』という、比較的に手に入れやすい値段のソフトを使っています。なるべく一般的に手に入るものだけでやろうと決めていました。今回の作品にはひとつコンセプトがあって、30分の普通のアニメを個人制作しようと考えていたんです。そう考えると、3DCG以外では無理だと思ったんです」
――3DCGが好きだから、というわけではなく、消去法で選んだ結果の3DCGだったんですね。
「ええ。それと、もともと日本のアニメって、ディズニーあたりが秒間30フレームで作っていたものを、手塚(治虫)先生が日本に輸入する際に予算や制作時間などの上で無理が生じ、結果的に少ない枚数での独特の表現方法が発展して、最後には海外に勝てるくらいの作品が生まれた。そういうことを考えると、そろそろ3DCGアニメにもそういう変化が起きるんじゃないかなと思っています。つまり、ピクサーが何百人もの人手もお金もかけて作っているのに対して、日本では作業を簡略化して少人数で、『テレビで毎週放送できるレベル』の『30分』のCGアニメを作ってみたらどうなるんだろうってことです。だから今回はテレビアニメ1本分の予算でやろう、と最初に決めました。その製作費で3、4人で作ればひとりあたりの報酬が増えて、収入が少ないとたびたび問題になっているアニメーターさんも、とりあえずの生活ができるくらいのお金が手に入るのではないか。その体制で作品を作れるかどうかの実験をしてみたかったところもあります。小さい志なんですけどね」
――アニメの制作体制にまで踏み込んで作られたっていうのは驚きです。一般人でも手に入れやすいソフトを使ったというのも、そこに通じるわけですね。
「はい。例えば『ファイナルファンタジー』みたいな映像は、もう個人でも撮れる時代です。その代わり、3分が限界なんです。時間が長くなると制作する上で相当時間とスキルが必要になってくるので、あれで30分のアニメを個人制作するのはあまり現実的ではないと思います。でも、少しデータ量を落とせば、ずっと楽にストーリーがある作品が作れる。足りない部分をアイデアで補うあたり、日本らしいと思いませんか? それに仕事をやりながらでも3年でこのくらいのものができたということは、この仕事にのみ専念すればさらに素晴らしい作品になるはずです」
■「業界が衰退する」その危機感がもたらした全編公開という選択
――公式サイトでは進んで低解像度で全編公開していますね。普通はYouTubeなどの動画サイトに一部だけ公開した上で、違法に全編がアップされたらどんどん削除してDVDを売っていこうという感じになると思うのですが。
「その方法は正しいですがいたちごっこですよね。何か別の角度から切り込めないか考えました。今回この企画ではアニメ1本分のお金を回収できたら私としては一応成功だと考えています。それを前提とした上で、低解像度でアニメを見てくださった方が、お金を出してもいいなと思ってくれたらDVDを買って欲しいなという意思表示です。今回の作品はそうやって発表しても成り立つのかという実験でもあります。正規の方法でお金を集めアニメ制作会社に作って頂いた場合、こういう企画は通しにくいでしょうから自主制作でやってみました」
――確かに、ネットで映像を見て満足されてしまう可能性もありますからね。
「十分ありますね。ただ、小さい子どもはDVDを買えませんし。今のアニメは大半が深夜放送じゃないですか。おまけに高解像度で放送されているので録画したものに劣化がない。違法アップする人間のほとんどが本当は作品を面白いからもっと見てもらいたいと思ってしているのだと思います。おそらくアニメ会社を潰そうと思ってアップしている人はいないでしょう。ただ現状のシステムが、一番のファンと製作者のお互いを苦しめ合う悲劇的な構造になっているので、何か発想で構造を変える必要に迫られているのだと思います。見たい人は無料で見る。そして、よりきれいな画像で見たい人はDVDを買う。総叩きにあう可能性もありますけど、あえてこの方法を試してみました。私は基本的に暇さえあればなにか創作活動をしている人間なので」
――漫画家が個人レベルで新たなビジネスモデルを作ろうとしたり、既存のシステムに異議を申し立てるような動きが、近年増えつつありますよね。それはなぜだと思いますか?
「漫画家は皆個人事業主でしがらみが少ないからでしょう。当然、企業サイドにも同じようなことを考えてる人はたくさんいると思います。いずれは何かいいカタチに落ち着くのでしょうが一刻も早く新しい仕組みが確立して欲しいところ・・・今回の企画は、その提案のひとつです」
■「ノウハウを引き継いでほしい」松江名俊からのメッセージ
――今、自主制作アニメを作っている人に伝えるメッセージはありますか?
「何も言わないでも分かってると思うので、頑張ってくださいとだけ(笑)。ただプロのアニメーターさんがよく言っているのは、『ひとりで作るな』ってことですね。3人くらい集まらないと、作品じゃなくて実験アニメで終わっちゃうんです。ただ、天才的な才能を持つ方たちは人付き合いが苦手な方が多いんですよね。だから、そこをうまく繋げることができたら、日本のCGアニメ文化ももっと発展するんじゃないかなと思います。でも、その間に立つ人がなかなかいないんですけど。ニコニコ動画みたいな、作品を発表して評価される場所をもっと作らないと、海外に負け続けると思います」
――今回は個人(レベルでの)制作という部分を強調されてはいますが、個人でアニメを作ることにそんなにこだわりはない。
「ええ。ただ普通のアニメのように人数が増えて、動画は海外に外注という形にすると、結局いまと同じで外国に発注しないと倒れてしまう文化になってしまう。だから少数精鋭で、国産でできるというスタンスでやらないとあまり意味がないと思います。すでに個人製作のFlashアニメがテレビで放送されたりしていますし、自主制作アニメの人同士でどんどん組んでほしいです。そろそろ時は満ちてると思います、ひとつ壁を越えたら、自主制作アニメの戦国時代が来るでしょう」
――次回作の構想などはありますか?
「次やったらおそらく死にます(笑)。今回の件でアニメ制作のノウハウがたまったので、次はもっと進化したところから始められるだろうとは思うんですが・・・とりあえず今は思う存分漫画を描きます、漫画家ですからね(笑)」
(取材・文=有田シュン)
●『技の旅人』
<オリジナルDVD+天門オリジナルサウンドトラック付き>
近代文明が失われた世界。人々は”パティア”と呼ばれるエネルギー源を用い、他の集落との交易を行わずに生きていた。そんな世界に、”技人”と呼ばれ、武者修行の旅を続けるひとりの少女がいた。知恵フクロウのふっくんと共に旅を続ける少女の名は「てくに」。ある日、パティア発掘中に”オクシリク”と呼ばれる疑似生物兵器に襲われた少女「ルリ」を救い出し、彼女の村を訪れるが……。
原作・脚本・制作総指揮・監督/松江名俊 音楽/天門(『ほしのこえ』『星を追う子ども』) キャスト/釘宮理恵(てくに/『ハヤテのごとく!』三千人ナギ役)、関智一(シエント/『史上最強の弟子ケンイチ』白浜兼一役)、川上とも子(キャロト/『史上最強の弟子ケンイチ』風林寺美羽役 )、佐藤有世(ルリ/『機動戦士ガンダム00』クリスティナ・シエナ役)DVD本編32分+特典映像18分、CD28分、本体価格/3,150円(税込)、※全国の書店で11月18日発売
オフィシャルサイト
<http://www.tekunichan.com/>
DVD+CD付特装版。
通常版。
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