トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • x
  • feed
日刊サイゾー トップ > 社会  > 新自由主義否定はナンセンス! やっぱり「小泉改革」は日本に必要だった
『新自由主義の復権』著者・八代尚宏教授インタビュー

新自由主義否定はナンセンス! やっぱり「小泉改革」は日本に必要だった

yashironaohiro.jpg八代尚宏教授。

 小泉内閣の象徴ともいえる”郵政民営化”。しかし、いま国会では郵政民営化を見直す動きが活発化している。またメディアでも、小泉内閣の新自由主義的政策により格差が広がったことは自明の理のように語られている。まさに、小泉構造改革はすべて間違いであったかのように。そんな流れに異を唱えるのが、国際基督教大学の八代尚宏教授だ。八代教授は今年8月、『新自由主義の復権―日本経済はなぜ停滞しているのか』(中公新書)を上梓し、話題を呼んでいる。今回、八代教授に小泉改革と新自由主義について話を聞いた。

――本書を書いたキッカケとは?

八代尚宏教授(以下、八代) 特にテレビなどのインタビューを受ける際、聞き手は「小泉改革によって格差が広がった」ということを前提に話を進めますが、私が「違います」と言うと一様に驚かれる。経済学者と一般の人との間での認識が、あまりにも違うんですね。そこに中公新書から、私の考えを1冊にまとめないかという依頼があったので、新書ならたくさんの人に読んでもらえると思い書きました。

――経済学者と一般の人の認識の違いとは?

八代 いま日本経済が停滞していることは、誰もが分かっている。それを受けて、一番単純な発想は「誰かが失敗したから」、あるいは「誰か悪い人間がいたから日本経済は停滞してしまった」という犯人説的な発想が一般的です。しかし、誰かが変えたから悪くなったのではなく、逆に誰も変えなかったから悪くなったというのが我々の認識です。つまり、世の中が急速に変化している。特に1990年代以降、旧社会主義国が崩壊し、世界経済が一挙にグローバル化したにもかかわらず、日本はそれに対処しようとしなかった。そして、中国やインドのような人口大国が急速に経済発展し、日本を追い詰めているわけです。一方、日本国内においては高齢化が進み、労働市場や財政面で大きな影響を与えている。そういった大きな変化の中で、日本の企業や政府は、80年代までの”ジャパン・アズ・ナンバーワン”というサクセスストーリーからいまだに逃れられない。そして、失われた10年という90年代の不況と停滞を迎えた後に小泉純一郎首相が出てきた。小泉首相は国民の支持を得て、この国を変えていこうとしたが、その途中の5年で辞めてしまった。5年は早いですね。80年代にイギリスを変革したサッチャー元首相でも10年はかかりましたから。

――本書の帯には、「新自由主義は市場原理主義にあらず」と書かれています。両者の違いについて教えてください。

八代 市場原理主義という言葉は、そもそも経済学にはありません。これは、政府はいらない、市場に任せておけば自由放任でよいという夜警国家のような考え方です。しかし、社会資本の形成、景気の安定、所得再分配や公害の防止が政府の役割であることは、経済学のどの入門書にも書かれていることです。それにもかかわらず、あたかも「夜警国家にすべき」というようなことを小泉改革で言ったかのような幻想がつくり上げられています。新自由主義も同じように理解されているのですが、新自由主義はケインズ(イギリスの経済学者。世界恐慌の際、アメリカではニューディール政策による公共投資で景気を刺激したように、積極的に政府が経済に介入することを主張)のように政府が病人を診る医者にように、経済をコントロールしなければいけないということに対するアンチテーゼです。本書では、政府が適切な役割を果たす健全な市場経済という意味での新自由主義を再定義しています。

――政府が適切な役割を果たす市場経済とは、具体的にはどういうことでしょうか?

八代 サッカーの試合にたとえれば、政府は審判なんです。サッカーの試合は選手だけではできません。公平にプレーするように審判が笛を吹かなければいけない。しかし日本の政府は、権威を笠にかけてやたらに笛を吹き、レッドカードを出すような審判なんです。一流の審判はめったに試合を止めないで、上手く試合をコントロールする。ファウルがあっても、ファウルをされた側に都合がよければ、アドバンテージルールを使うわけです。そういう巧みな審判が必要だということです。経済学では当たり前なのですが、市場をベースにして賢明な政府と組み合わせることが重要です。残念ながら、こうした経済学の考え方が日本では普及していない。特に、財界・マスコミ・官僚に普及していない。官僚の多くは法学部出身ですから、経済学を軽視しているのかもしれません。

――日本は戦後、市場経済の恩恵を受け、ここまで成長しました。にもかかわらず、大竹文雄・大阪大学教授著『競争と公平感』(中公新書)で触れられているデータ(「貧富の格差が生じるとしても、自由な市場経済で多くの人々はより良くなる、という考えに賛成するか?」という質問を各国国民に聞いた、2007年のアメリカのピュー研究所の調査によると、主要国の中で日本の市場経済への信頼は最も低く、49%の人しか賛成していない。これは旧社会主義国であるロシアや中国よりも低い数値)の通り、一般の日本人の多くが市場経済を嫌うのはどうしてでしょうか?

八代 実際に市場経済を利用しているにもかかわらず、経済学を体系的に勉強していない。市場を使って利益を得て、市場競争に勝ち残ることに後ろめたさを感じるビジネスマンも多いのではないかと思います。市場での公平な競争を通じて利益を得ることは、人々が必要とするモノやサービスを提供しないとできないことですから、それ自体、立派に社会に貢献しているのだという自信をもってもらいたいです。たとえば、コンビニエンスストアは高い収益を上げています。しかし、人々を搾取しているわけではありません。人々が欲しいものを狭い店内に置き、24時間営業し、多様なサービスを提供することで人々の生活を著しく便利にしています。いま医療・介護・保育には需要がたくさんあるにもかかわらず、それに見合ったサービスを提供できず、お客に長い行列をつくらせています。私は、コンビニ業界がノウハウを活かして、介護や保育サービスに乗り出せば、どれだけ効率的になるだろうと思います。

――確かに、保育所の待機児童問題は大きいですね。

八代 これこそ民間の知恵を使うべきだと思います。従来、そうした保育などは、福祉として政府がやらなければいけないという考えが多数でしたが、政府にはお金がないので、いつまでたっても供給は増えません。なぜ、政府が監督する公益的なサービスとして、知恵を出すところから民間にやらせないのかということです。旧ソビエト連邦などの社会主義国が90年代に放棄したことをいまだに続けています。これが、昔から日本は世界最大の社会主義国などといわれているゆえんです。これまでは民間部門が頑張ってきたので、なんとか90年代までやってこれた。でも、もうそれも限界に来ていて、民間企業はどんどん国外へ逃げ出します。あとは、効率の悪い農業とサービス部門が残されています。目に見えない「ベルリンの壁」を壊さないといけない、真の市場主義国になる時期に来ています。

――本書の中でも、小泉改革により格差が広がったというのは間違っていると書かれていますが。

八代 競争を激しくすると勝つ人と負ける人がいるので、格差が広がるという考え方があります。しかし、規制緩和をすれば、逆に規制によって保護されている人と保護されていない人の格差は縮まり、新たに職を得る人もいるわけです。

――たとえば、小泉改革により、タクシー業界では02年に規制緩和が行われ、車両が増え、タクシー運転手が増え過ぎたことで他の職種との所得格差が広がったと言われています。

八代 規制緩和によって格差が広がったというのは、元々運転手をしていた人の言い分です。タクシーの参入規制を撤廃したことにより、約1万人の新しい雇用が生まれた。タクシー運転手の人数が増えれば運転手の所得は減りますが、だからといってタクシー運転手が貧しくなって格差が広がったというのはあまりに一面的です。多くの失業をしている人が運転手になれたわけですし、また消費者にもとっても便利になった。たとえば、タクシー会社に競争意識を芽生えさせ、「空港から都市中心部への固定料金」「高齢者や子どもの送迎」などのサービスが生まれた。日本の世論はアンバランスで、組織されたタクシー会社や運転手の声は聞こえますが、規制緩和によって利益を得た人々の声はほとんど反映されていない。また、供給が増えたのに価格がまったく下がらず、消費者の需要が増えなかった、中途半端な規制緩和であったことも、所得が減った一因です。

――若年層の間でも、正社員と非正規社員のように格差が広がったと言われています。

八代 若年層に非正規社員が増えたということについては、規制改革のせいというより、経済の長期停滞の影響が非常に大きく、そもそも雇用自体が減ってしまっている。日本には厳格な雇用保障慣行があり、中高年労働者の雇用を維持したために、新卒採用を抑制した。雇用調整のしわ寄せを受けた点も重要だと思います。そして正規社員の雇用や賃金を厳格に守るために、必要以上に非正規社員が増えてしまった面があると思います。いまの日本経済の大きな背景には長期停滞があって、それを打破し、雇用を増やすためにどうしたらよいかを考えたのが小泉改革だったと思いますが、セフティーネットが不十分であったなど、やはり中途半端で終わってしまった。

■TPPを通じて、日本は市場を拡大させられる

――ここ数年、「日本は経済的に豊かになったのだから、もう経済成長なんてしなくていいんだ」というような意見が聞かれますが、経済学者の立場からどう考えられますか?

八代 無責任な考え方ですね。経済成長をしなければ新規雇用は生まれません。いま雇われている人々は、経済成長をしなくてもよいと思うかもしれませんが、一番の被害者は若年層です。これから雇われる人、子育てを終えて働こうとする人、それから定年退職後に働きたい高齢者、雇用が必要な人はたくさんいるわけです。そういう雇用を作り出すためには、経済成長をしなくてはならない。

――そんな経済成長はしなくていいんだという雰囲気の中、GDPが中国に抜かれましたが。

八代 「中国はGDPが日本より大きくなったけど、空気は悪いし、国内での格差が大きい」と言う人がいますが、そんなことは中国の問題です。日本がなぜ抜かれたか? それは、日本が過去15年間停滞していたからです。あとは、「日本は大人で、中国は子ども、子どもが成長するのは当たり前だ」とか、そういうひどい議論をしている。そんな議論が正しければ、日本より成熟したアメリカはなぜ成長しているのか。日本にも成長できる余地はいくらでもあるわけです。それをしないのは、”人災”です。

――失われた20年を取り戻し、経済停滞を打破していくにはどうしたらよいのでしょうか?

八代 過去の経済環境に合うようにつくられた諸制度の改革ですね。制度改革は、現在の先進国では当たり前に行われていることです。日本は世界が変わっている中で、ひとり過去の成功の夢を貪り、昔のままでいいと思っている。これを問題と思わないことこそが、最大の問題です。

――規制緩和をすると外資系企業が入ってきて、日本が乗っ取られるというようなことを言う人がいますが。

八代 外資系企業が入ってきてくれれば、雇用の創出という面からみたら、明らかにプラスです。いまの日本の問題は外資系企業がどんどん撤退していることです。TPPの反対論者などが主張する「外資系企業が日本の資本を食い尽くす」という意見は、現に日本がアメリカに対してやってきたことなのです。かつて、日本の資本がアメリカに進出し、工場を作り、雇用を生み出した。初めはロックフェラーセンタービルを買収したことで反発もありましたが、雇用を生み出したことにより歓迎されたのです。

――現在、中国資本が入ってくることについては?

八代 現在、かろうじて日本に直接投資をしてくれているのは中国です。かつて、アメリカ人が日本の資本が入ってくることに抱いたのと同じ警戒心を、日本人は中国に対して抱いている。私は、中国が日本に対して投資してくれることはいいことだと思います。それで日本の雇用は増えるわけですから。世界的な自由貿易体制では、日本もアメリカに輸出するし、アメリカも日本に輸出する。そして、日本もアメリカや中国に投資するし、中国やアメリカも日本に投資する。それがなぜ悪いのかということです。

――TPPに反対する人は、その辺が分かっていないのでしょうか?

八代 TPPというのは、アメリカも日本もお互いにもっと自由貿易や投資を増やしましょうということで、NAFTA(北米自由貿易協定)でやったことを環太平洋に広げるということです。NAFTAについても、それでカナダの企業がアメリカの企業に買収されたとか言われているのですが、NAFTAで最大の利益を得たのはカナダ経済です。それは広大なアメリカの市場に対して、カナダからどんどん輸出ができたからです。カナダの90年代は、日本と同じように財政赤字で経済も停滞していた。けれども、NAFTAを通じた輸出の拡大によって、大幅な財政再建のデフレ効果を相殺し、経済も良くなった。同じようなことは、日本もTPPを通じてできる可能性があるわけです。

――野田総理に変わり、いまの政局に期待することはありますか?

八代 ひとついい兆候は、野田さんが国家戦略会議を使うと言っていることです。やはりTPPにしてもそうですが、改革を行うためには密室の中で決めるのではなく、きちっと反対派の意見を聞いて議論する場が必要だと思います。賛成派も、反対派もお互いが資料を出して、それを全部公開して議論を尽くせば、自ずから世論はできていくわけで、そこで首相が決断して方向を決める。野田さんは実務家の総理ということで、粛々とやっていくことに期待しています。先日参加した国際会議で、意外と外国人の評判は良く、驚きました。民主党で初めてノーマルな総理が出てきたと。もっとも、実際は未知数で、今度のTPPへの参加という大きな課題をどう実現するかが試金石となります。
(構成=本多カツヒロ)

●やしろ・なおひろ
1946年大阪府生まれ。68年国際基督教大学教養学部、70年東京大学経済学部卒業、経済企画庁(現内閣府)、OECD事務局、上智大学国際関係研究所教授、日本経済研究センター理事長等を経て、現在、国際基督教大学客員教授、安倍・福田内閣で経済財政諮問会議議員、メリーランド大学博士(経済学)、労働経済学、日本経済論専攻。
主な著書に、『日本的雇用慣行の経済学』(日本経済新聞社)、『少子・高齢化の経済学』(東洋経済新報社)、『雇用改革の時代』(中公新書)、『健全な市場社会への戦略』(東洋経済新報社)、『労働市場改革の経済学』(東洋経済新報社)、『成長産業としての医療・介護(共編著)』(日本経済新聞社)などがある。

新自由主義の復権 – 日本経済はなぜ停滞しているのか

V字復活なるか。

amazon_associate_logo.jpg

最終更新:2013/09/10 16:58
ページ上部へ戻る

配給映画