「本を通じて何ができるか」凸版印刷・ブックワゴンと仮設住宅のいま
#本 #企業 #東日本大震災
凸版印刷をはじめとするトッパングループが行っている、東日本大震災被災地域の仮設住宅を巡回する移動図書館「ブックワゴン」の活動がまもなく4カ月目を迎える。これは、普段から本や印刷物を身近に感じ、本好きが多い印刷会社としてできる復興支援をしたいという社員の声から始まった活動だ。マイクロバスを改造した2台のブックワゴンにそれぞれ2,500冊ほどの本を積み込み、仙台市内の仮設住宅10カ所を巡回している。ワゴンを運営するのは、もちろんトッパン社員。社内公募で選ばれたスタッフが週交代で業務に当たっている。「本と人がふれあう場を提供する」というコンセプトのもと行われているこの活動は、いま仮設住宅において重要課題となっている”コミュニティーづくり”のひとつのきっかけになるのではないか。トッパンブックワゴン事務局に話を聞いた。
――移動図書館「ブックワゴン」は7月からスタートし、現在までに約3,000名が利用されているそうですが、この話が社内で持ち上がったのはいつごろなんですか?
ブックワゴン東京事務局 櫻田かよさん(以下、櫻田) 震災直後からトッパンとして被災地にどのような支援ができるのか社内でいろいろと話し合っていたんですが、その中でこのプロジェクトの発起人である2名の社員から、こういうことをやってみたらどうかというアイデアが出てきたんです。
CSR推進室 山本正己さん(以下、山本) ブックワゴンは弊社としても初めての取り組みだったんですが、3月末には一度現地に入り、震災から1カ月経たないうちに具体的に動き出しました。ブックワゴンを始めるにあたり、トッパンらしい活動であること、全社員が参加できる活動であること、長期的に活動すること、という3つの指標を決め、企画を進めていきました。
――ワゴンが動き出すまで準備期間が3カ月ありました。この時期を選んだのには何か特別な理由があるのですか?
山本 移動図書館という本を読んでもらう行為が、現地の復興のフェーズに対してどうフィットするのか分からなかったのでタイミングを見ていたという面もありますが、仮説住宅が立ちあがる時期をひとつの目標にしていました。まだみなさんが避難所にいる段階ではなく、仮設住宅に入って少しでも気持ちが落ち着いたときでないと、この活動の意味がないのではないかと思いまして。
――全国のトッパングループ社員から約2,000冊の本が寄贈されたそうですね。
櫻田 限りなく新刊に近い本で、社員一人一人が仮設住宅に入居されている人に読んでもらいたい本を選んで寄贈してほしいということをお願いしました。本のおすすめポイントや感想などが書き込めるフォーマットを用意し、それを本の表紙裏に貼って寄贈してもらっています。当初は1,000冊くらいを目標としていたんですが、最終的には倍以上集まりました。中には一人で10冊以上送ってくれた社員も。売れ筋の本だけでなく、印刷会社ならではのマニアックな本もありましたね。その他にも、「<大震災>出版対策本部」をはじめとする、さまざまな団体・企業のみなさまからも寄贈をいただき、幅広いジャンルの本を収集することができました。
一冊一冊、メッセージが添えられている。
――週交代で4人のスタッフがワゴンに乗り込み活動されているそうですが、どのような方が参加されているのですか?
櫻田 このプロジェクトは現段階で2012年3月末まで行うことが決まっているんですが、計132名が参加予定です。1、2日では現地の状況や仕事に慣れないまま行って帰ってくるだけで終わってしまうので、1週間すべて参加できる人に限って応募してもらっています。男女比はちょうど半々くらい。20代中盤から30代前半くらいの社員が比較的多いですね。募集枠に対して応募人数の方が多いんですが、いまブックワゴンをご利用いただいているお客様は、小さなお子さんからご高齢の方まで本当にいろんな方がいらっしゃるので、現地でさまざまなニーズに対応できるよう年齢層や性別がバラけるように留意しています。ブックワゴン事務局は東京と仙台にあり、仙台には3名のスタッフが常駐しています。現地で活動するスタッフには、本の貸し出しや本を探すお手伝いをしたり、現地の方との会話を通じて、ほっとやすらげる空間づくりをしてもらうよう、お願いしています。
――プロジェクトを立ち上げる上で、一番苦労したのはどんなところですか?
櫻田 現地の方々との調整ですね。すごくデリケートな部分だったので時間を要しました。最初は本当に何も分からず、仮設住宅それぞれを管理されている方がいるのかどうかも分からない状況でした。今回は現地で復興支援活動をされている「NPOみやぎ・せんだい子どもの丘」「株式会社デュナミス」の方々にご協力いただいてワゴンを運営しているんですが、彼らと一緒に巡回する予定の仮設住宅に住んでいらっしゃる方の家を一軒一軒まわって、「今度こういうのをやるんですが、どうですか?」と話を聞くこともありました。
実際に現地に行くまではこのプロジェクトがどう受け止められるか、その温度感がまったく分からず不安はありましたし、仮設住宅にはすごくたくさんのボランティアの方が来ていたので、その中でどう会話を切り出していいのか、今後どう住民の方々と交流を持っていけばいいのか戸惑いましたね。
――現地の方々の反応はいかがですか?
櫻田 こちらが思っていた以上に、みなさん最初から好意的に受け入れてくださいました。そういう意味では、タイミングがすごく重要だったのかなと思いますね。NPOのみなさんも、「なんだかんだいっても、来てくれて何かしてくれるのはうれしいよ」「企業が自ら行動を起こして何かをやってくれるのはありがたい」と言ってくれています。
――ブックワゴンに参加したスタッフの感想が現在ホームページにアップされていますが、「本が住民の方々の心のサポートにとても役立っていることを実感した」「本が日常に戻るきっかけをつくってくれている」など、本の力を感じた、という意見が多いですね。
櫻田 本というのはモノとしての価値だけではなくて、本と出会うことで記憶が蘇ったり、本を読むことで気持ちが楽になったり励まされたりするんですよね。もともと本を届けるというよりは、本を通じて生まれるコミュニケーションを届けようというのが活動のベースにあったのですが、現地の方々とコミュニケーションを取っていく中で、やっぱりそちらの方が大事だと気付かされました。
■仮設住宅の様子
――現在は仙台市内10カ所の仮設住宅を巡回していますが、巡回先はどのようにピックアップされたんですか?
櫻田 弊社の事業部が仙台にあるので、まずは仙台から一緒に盛り上げていきたいという思いがありました。巡回先10カ所は、NPOの方々に相談しながら、仮設住宅の入居率や、物理的にこのワゴンを駐車するスペースがあるかなども加味して決めました。巡回している仮設住宅の規模はさまざまで、一番大きい「あすと長町」は約240戸、一番小さい「高砂1丁目」は約30戸ですね。
――仮設住宅の周辺はどのような環境なんですか?
櫻田 場所によって違いますが、だいたい元々ある公園の敷地内に建てられているケースが多いので、住宅地の真ん中だったり、隣接した場所にあります。あとは商業施設の建設予定地や小学校の建設予定地のグラウンドなども。元々人が住んでいるエリアに被災者の方々がバラバラに一気に引っ越してきた感じなので、当初はご近所づきあいもなにもない状況のようでした。
――お互いコミュニケーションを取りたくてもどうしたらいいのか分からない、という面もありますよね。それこそ、ブックワゴンがそういったつながりを持つ場として機能しそうですが、仮設住宅以外に住む人もブックワゴンを利用しているんですか?
櫻田 最初は仮設住宅に住む人にご利用いただきたいと活動していたので周辺住民の方には宣伝していなかったんですが、活動が安定してからは近くの児童館にご協力いただいて、児童館に来ているお子さんたちに広めてもらったりしました。現在では近隣の人も利用してくれています。
トッパンスタッフが現地に行ってみなさんのお話を聞くことも重要だとは思っていますが、わたしたちは半永久的にここで活動ができるわけではないので、現地の方々同士がどうしたらコミュニケーションをより図れるようになるのか、そういったことを考えながら活動することが大事だと思っています。
――他のボランティアの方はどのような活動をされているのでしょうか?
櫻田 仮設住宅にはそれぞれ集会所か談話室というみなさんが集えるスペースが設けられていているのですが、そういった場所を利用してお茶会や交流会を行い、住民の方のお話を聞いたり、木の板に表札を書くボランティアや、仮設住宅内の使い勝手が悪いところを直す地元の大学生の団体もいましたね。
――ボランティアとして現地で活動する中で、仮設住宅の問題点はどこにあると思われますか?
櫻田 個人的な意見になりますが、少しずつコミュニティーができ上がる一方で、いつかみんなここを出て行かなければならない。住民のみなさんそれぞれが住宅を出るタイミングには差が出てきます。どんどん人が出て行くのは喜ばしいことではあるけれど、残される人が受ける心の傷はとても大きいですし、そういった方々がどういうモチベーションで自立に向けて歩んでいくのかというのは、すごく難しい問題だと思います。2年間という期限が設けられた中でどう関係性を築いていくのか。若い世代が先に出て、高齢者ほど遅くなる。高齢者だけになってしまったときに出てくる問題というのもあると思います。ただ、現在仮設住宅にいらっしゃるみなさんはおそらく復興住宅に入っていくことになると思いますので、コミュニティーをつくるという過程や経験、つくられたコミュニティーがいかに大切かということは、復興住宅でも活きていくものだと思います。
■今後の課題
――現在はワゴン2台、仙台市内10カ所のみでの活動ですが、今後エリアを増やしていく予定はあるんですか?
櫻田 ちょうど検討しているところです。だいぶ運営も慣れてきたので、要望があるところや、ニーズがありそうなところを広げていければと思っています。
――このプロジェクトの核は「仮設住宅の新しいコミュニティーづくりや、さまざまな団体の活動のきっかけをつくる」ということでもありましたが、その手ごたえを感じていますか?
櫻田 ブックワゴンのようにいろいろな人が集まってこられる場所を持つことによって、新しいつながりができたり、会話が生まれたりするので、住民の方同士のコミュニケーションづくりには非常に効果があるのではないかと思っています。これから先、仮設住宅の中で自治組織ができ上がって住民の方たちが一歩先に進まれる中で、ブックワゴンとして何ができるのかということはもっと深く考えていかなければならないと思っています。本というのは、空いてしまった心の溝を埋めることもできますし、それぞれの方が今後、自立して元の生活に戻っていくにあたって必要な実用的な知識を届けるということもできます。復興のフェーズに合わせて、わたしたちがどういう本を届けていったらいいのか考えていくことは、みなさん同士のつながりやコミュニティーづくりに貢献できるのではないかと思います。
今後はわたしたちだけでなく、ほかの企業や自治体、あるいは地域の図書館という可能性もあるかもしれませんが、さまざまな方と連携して何かできればいいなと思っています。ただ、わたしたちは、「本を通じて何ができるか」ということに最後までこだわって活動していきたいですね。
(取材・文=編集部)
●ブックワゴン
トッパングループが行っている、東日本大震災被災地域の仮設住宅を巡回する移動図書館。2台のブックワゴンが、本と人とがふれあう場を提供している。2011年7月~2012年3月末まで社員自らがスタッフとして同乗し、活動を行う。
<http://bookwagon.jp/>
応援したい。
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