戦うカフェ「ベルク」はルミネの”異物”? それでもファンに支持される理由とは
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本サイトでもたびたびルミネによる立ち退き問題を取り上げてきた新宿駅東口の名物ビア&カフェ「ベルク」(記事参照)。
ファン1万5,000人超の署名に支えられ、めでたく20周年を迎えようとしているが、ルミネ側はいまだに態度を変えておらず、10月初旬、再び2011年3月までの退店を迫る通知書を送付してきたという。
このルミネの行為に、定期借家制度【※】の実現を推進してきた中村てつじ民主党参議院議員は、Twitter上で「新宿『ベルク』の件、これが本当ならば大変なことだ。普通借家契約をしている借り主は守られている。家主が定期借家への切り替えを迫っても違法。これを許せば定期借家制度を作ったこと自体が批判されかねない」とコメントしているが、政治家に違法行為を指摘されてまで、なぜ、ルミネは、ベルクの立ち退きに固執するのか。
その理由をさぐるにあたって、まずは先ごろ、『食の職 小さなお店ベルクの発想』(ブルース・インターアクションズ)を上梓したベルク副店長・迫川尚子さん、そして同店長の井野朋也さんに話を聞いてきた。
──『新宿駅最後の小さなお店ベルク』に続くこのベルク本第2弾では、具体的なメニュー開発や食材選び、ベルクが誇る3人の職人さんのインタビューなど、随所に”味”へのこだわりが見えますが、意外にも(?)自分たちの趣味に走らず、きちんとビジネスとして成立させるために腐心されているのに、改めて関心させられました。
井野 そう、ちゃんとビジネスとして成立させるのが大事なんです(笑)。とくにベルクはこの新宿という場所に惹かれて始めたので、この場を最大限に活かすには”早い、安い、美味い”を極めるしかなかった。でも、最初の頃は、コンサルタントの方に、”自分たちだけの判断では絶対、趣味に走り過ぎるから”ってアドバイスをもらっていたんですよ。膨大なデータをもとに『この味はまだ×年早い』という分析が具体的かつ的確で、そこはさすがにプロでしたね。でも、職人はそういうデータには反発するから、プロデューサーとしてその間に立って味を決めるのが僕らの仕事になるわけです。
迫川 その際、普通は100人に支持される味と1000人に支持される味とでは、後者のほうが味が落ちるイメージがありませんか? でも、ベルクでは、多くの人の支持を得るために無難な味にするようなことは絶対しない。そういう意味で、味が最優先なんです。
──”早い、安い、美味い”というのは、ファストフードの基本とされていますが、でも、現実には、”早い、安い”はあっても、”美味い”まで並立させているお店は、なかなか見当たりません。
井野・迫川 そこは、ベルクの場合、本当に職人たちのおかげです(声を揃えて)。
──本書では、そんなベルクの職人さんへのインタビューも見どころのひとつになっていますが、ソーセージ職人の河野仲友さんが、あえて値段の高い腸を使って仕事の効率を上げ、値段を据え置きにするというエピソードには驚かされました。原材料費が高くなれば、そのぶん商品の価格に反映させるものだと思っていましたから。
迫川 あの話には私も目からウロコでした(笑)。『いい腸を使うと作業効率が上がるから、かえって時間単価は安くなっちゃう』って。要するに、ソーセージの価値は上がっているのに、職人の腕で実質的に値下げをしているわけですからね。ソーセージだけじゃなく、パンも、天然酵母を使いつつ、職人の高橋康弘さんの腕で安くしてもらっているようなもので、本当に助かっています。
井野 しかも、お客さんも分かっているから、パンを注文したときに『バターはいらないよ』って言ってくださる方が多いんです。今、バターも値上がりしているから、すごいコスト削減になっています(笑)。
■”食の安全”には殺菌・除菌!? 過剰な浄化志向が辿り着く先とは
──ベルクでは、職人さんだけでなく、スタッフの方もアルバイト・社員の隔てなく重要な戦力とされていますよね。特に、企業が常時取り替え可能な働き手として派遣や契約社員を重宝させているなかにあって、あえて長期スパンで行う社員教育は、業界に関係なく、理想的なように見えました。ただ、ノウハウを学んで独立されたら、正直、困る、ということはないのでしょうか?
迫川 たしかに以前は複雑な気持ちになりましたが、うちのコーヒー職人である久野(富雄)さんをみて考えが変わったんです。というのも、久野さんは全国でコーヒー焙煎の講習をしているんですが、それはなぜかと尋ねたら、『情報を共有することで業界全体のレベルを上げていきたい』と言われて。それ以降、独立するスタッフにも、どんどん面白いお店をつくっていってもらえたら、と思うようになりました。
井野 ただ、ベルクで得たノウハウを活かして独立しようと思っても、今はかなり不可能に近いのが現実です。というのも、飲食店の設備投資には数千万円単位のお金が必要で、さらにそれを回収するまでには最低でも十年ぐらいはかかりますが、1999年に借地借家法が改正されて定期借家制度が導入されたことで、賃借側である僕たちは通常2~3年という短期の定期契約しか結べず、しかも賃貸側から『契約を更新しません』と言われたら、契約終了後に出ていかなくてはいけなくなってしまったんです。そうなると、ベルクのような個人店をターミナルビルに出店するのはほぼ無理。こうした営業権の問題が見直されれば、ベルクも支店を出せるし、やる気のあるスタッフにはより明確な目標をもって働いてもらえるようになるのですが……。
──中村議員のつぶやきが端的に示しているように、この定期借家制度には改善すべき点がいくつかありそうですね。ところで、相変わらず立ち退きを勧告しているルミネ側とは、契約だけでなく、衛生管理をめぐっても”プチ・バトル”を展開中だそうですが。
迫川 ルミネさんが無料で定期的に衛生検査をしてくれるっていうんで、最初は喜んでいたんです。ところが、毎回すごいんですよ。『菌が出た』って。でも、菌って、当たり前のように存在しているんです。保健所なんかは”無菌なんてありえない”ということが分かっていますが、ルミネ指定のその業者さんというのは、もともと業務用洗剤の製造販売を手掛けていて、とにかく”殺菌・除菌”という発想なんですね。でも、そんな口に入れられないような薬品なんて厨房に入れたくないし、そもそも店を清潔にするには重曹と石鹸で十分。先方は、『菌が強くなっている』というのですが、それは、薬品に頼っているから薬品に対して強くなっているんであって、菌の繁殖力自体は弱まっているんです。化学薬品は悪い菌だけでなく、善い菌も見境なく殺しますし……悪循環ですよね。
* * *
過剰な浄化志向は、「ルミネはファッションビルだから」という理由だけで立ち退きを迫るルミネ側の姿勢と相通じるものを感じさせるが、ルミネだけでなく、それを是とする人々にしてみれば、ベルクのような個人経営の飲食店は、取り除くべき”異物”と映るのかもしれない。実際、本書を通じて語られる”ベルクの哲学”というべき食に対する姿勢──たとえば、なるべく作り置きはしない、なぜなら新鮮さが失われて味が落ちるから、など──は、一般的なファストフード店や企業とは正反対で、異質だ。
と同時に、そんな同店の立ち退き反対に1万5,000人超もの人が声を上げたのは、それが、”健康体を維持するためには、本来、人間が持っている抵抗力を失わせてはいけない”という、人間の本能に突き動かされた人々のレジスタンスだからなのではないか──2人の話に耳を傾けていたら、ふと、そんな気がしてきた。
(文=編集部)
【※】定期借家制度
1999年の借地借家法の改正により導入された賃貸契約の新制度。賃貸住宅市場の活性化がその目的で、借り手にとっては家賃が安くなるなどのメリットが生じるとされたが、それまでの借地借家法では、大家が立ち退きを求める場合、「正当事由」が必要だったのに対して、契約期間が終われば家主の通告で契約が打ち切れるなど、家主の権利が大幅に強化されることになり、「追い出し」などへの懸念が指摘され、野党が強く反対していた。
●ベルクHP<http://www.berg.jp/>
味に対するこだわりとベルク愛がつまった1冊。
大反響を呼んだベルク本第1弾。
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