全米”オシャレ番長”ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』
#映画 #洋画 #パンドラ映画館
現実主義のサマーが恋をしたらどんな結果が待っている?個性派女優
ズーイー・デシャネルの魅力が炸裂した恋愛コメディ『(500日)のサマー』
(c)2009Twentieth Century Fox
新春を飾るご機嫌な恋愛コメディとして注目したいのが、ズーイー・デシャネル主演『(500日)のサマー』。『アメリ』(01)のようにポップな映像でもって、『アニー・ホール』(77)のような恋愛における男女の温度差をシニカルに見つめたもの。米国のラブコメというとケンカ別れした男女が仲直りしてメデタシメデタシという能天気なエンディングと決まっていたが、本作は太陽のように眩しい女の子サマー(ズーイー)に振られちまった主人公が、サマーと出会ってから別れるまでの(500日)を反芻するというストーリーなのだ。
こう説明すると、非常に後ろ向きな展開に感じるだろうが、男と女が甘い蜜月を過ごすのはごく限られた日数。そこらへんの恋愛事情をリアルに描きつつ、恋の痛みを知った草食系男子が、理想の恋人との夢のような恋愛を経験したことで、次のステージへと進んでいくまでをミュージカルシーンやアニメーションを交えてユーモラスに描いている。
とにかく、サマー役のズーイーがめっちゃキュートだ。主人公のトムならずとも、映画を観た人は男女を問わず、吸い込まれるような青い瞳をしたズーイーの奔放な魅力に惹き付けられるに違いない。ジム・キャリーと共演した自己啓発コメディ『イエスマン』(08)で、ズーイーは前衛ロックバンドのボーカリストという不思議ちゃんを演じていたが、今回もカラオケ大会でチャーミングな歌声を披露する。その歌いっぷりに、またトムは惚れ込むわけだが、それもそのはず。実際にズーイーは個性派女優として活躍する一方、音楽ユニット「シー&ヒム」でも活動しており、2008年に発表したデビューアルバム『Volume One』は全米でスマッシュヒット。ファッションセンスの良さでも同性からの支持が高く、インディーズ出身の大物バンド「デス・キャブ・フォー・キューティー」のフロントマン、ベン・ギバードと交際し、それまでブサメン系だったベンがこぎれいに変身したことで、ますます彼女の好感度はアップ。ズーイーの全米での人気はかなりのものなのだ。
ストーリーはこんな感じ。トム(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)の勤めるグリーティングカード製作会社に、社長秘書としてサマーが入社する。エレベーターの中でトムがヘッドフォンで聴いていた「ザ・スミス」にサマーは反応し、「私もザ・スミス、大好き」とトムに囁く。ザ・スミスがきっかけで2人の仲は急接近。自分から「オレと付き合って」と言い出せない草食系のトムだが、サマーの歓迎会を兼ねたカラオケ大会の晩に、サマーから「私たち、友達にならない?」と切り出され、トムは喜んでOKする。ここからサマーに振り回されっ放しの日々が始まる。酔った勢いでサマーはトムにキスをし、さらに後日ベッドインまでしてしまう。トムならずとも日本の男性客は「友達になろうって、セックスフレンドのことかよ?」と激しくツッコミを入れたくなるところだろう。摩訶不思議、女子なる生き物よ!
を楽しむトムとサマーだが、映画を観終わった
後、サマーは別れ話を切り出す。同じ映画を一緒
に観ていても、2人が感じていたことはまるで
違っていたらしい。
サマーにペースを握られっ放しのトムだが、それでも幸せいっぱい。いや、幸せいっぱいいっぱいか? オシャレ家具店「IKEA」でデートする2人は新婚気分で模範展示されたキッチンやダイニングを巡るが、トムがサマーとの具体性のない結婚生活を夢想するのに対し、サマーはその場その場の”乗り”を楽しんでいるに過ぎない。トムとサマーとは、喜びの沸点がビミョーに違うのだ。細かいところは目をつぶって男と女の関係になる2人だが、やがてビートルズが原因でケンカするようになる。サマーが「リンゴ・スターの歌う『オクトパス・ガーデン』、最高じゃない?」と主張するのに対し、トムは「いくらビートルズでも、『オクトパス・ガーデン』はないでしょ」と素直に答える。どうでもいいリンゴ・スターの駄曲を巡って、2人の嗜好性の違いが顕在化していく。リンゴ・スターも自分の曲が原因でケンカが起きるとはびっくりだろう。
トムはサマーのことを”運命の彼女”と信じ込んでいたが、サマーにとってトムは”いい人”だけど、それ以上でもその以下でもなかった。トムが”運命の恋”を思い込んでいたものは、一方通行の過剰な片想いにすぎなかったのだ。トムは自分のどこが原因で別れることになったのかさっぱり分からず、サマーと出会ってから別れるまでの(500日)を頭の中で何度も再生を続ける。映画を観ているみなさんも、別れることになった原因を一緒に探してくださいという趣向だ。
ビートルズをモチーフに、優しい草食系男子の受難を描いた映画に、堺雅人主演の『ゴールデンスランバー』(1月30日公開)がある。堺雅人演じる青柳くんは、大学のサークル仲間でもある彼女・晴子(竹内結子)がデートの待ち合わせをうっかり忘れていても「今度は遅れないでよ」と怒ることがない。しかし、その優しさが仇となり、晴子から「私たち、別れましょ」と切り出される。青柳くんはその後、巨大組織の陰謀に巻き込まれるという人生最大の受難が待っているわけだが、すでにこの時点で、優し過ぎるという理由で恋人に棄てられるという不条理さを充分味わっていたのだ。日本映画『ゴールデンスランバー』もまた、”運命の恋人”にはなれなかった男と女の不思議な関係を題材にしたお勧めの一本。
片輪走行で”片想い”という出口のない迷宮をぐるぐると回り続けるトムだが、迷宮から出るきっかけを与えてくれたのは、やはりサマーだった。トムが甘く考えたように2人の仲が元に戻ることはなかったが、トムは思い出の(500日)の( )をようやく取り外すことができる。青春を卒業しないまま就職したトムだが、サマーという最高にホットな女性と出会い、500日間にわたる輝かしい日々を過ごす。そして季節は変わり、収穫の秋へと向かう。サマーと過ごした眩しい時間は戻ってこないが、あの500日間は自分の人生において大切な思い出であることをトムは噛み締める。後ろ向きな人生を送っていたトムは、ゆっくりと前を向いて歩き始める。そのとき彼の前には、今まで見たことのなかった新しい世界が広がっていた。
(文=長野辰次)
●『(500日)のサマー』
監督/マーク・ウェブ 出演/ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ズーイー・デシャネル、ジェフリー・エアンド、クロエ・グレース・モレッツ、マシュー・グレイ・ガブラー、クラーク・グレッグ、レイチェル・ボストン、ミンカ・ケリー 配給/20世紀フォックス
1月9日(土)より日比谷TOHOシネマズシャンテ、渋谷シネクイントほか全国ロードショー公開
<http://www.500summer.jp>
こっちも実力派!!
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