イルカ好きのための妄想映画『ザ・コーヴ』が意外にも欧米プレスから総スカン!?
#映画 #環境 #イルカ漁
「日本の残酷なイルカ漁に抗議する」を旗印に、豪州ブルーム町議会が、イルカ猟を営む和歌山県太地町との姉妹都市関係を停止する議案を可決したことは既報の通り(記事参照)。現地では日系人墓地が破壊されるなど、対日感情の悪化が懸念されている。その後同議会が「可決は拙速だった。太地町との歴史は長く深い」と2週間で撤回したものの、「漁については抗議を継続する」として基本姿勢は崩していない。
欧米でイルカ漁批判を沸騰させる役割を担ったのが、イルカ漁の様子を隠し撮りした『The Cove』(ルイ・セホイヤス監督)というドキュメンタリー映画。
イルカ漁が行なわれる太地町の「入り江=cove」は、映画タイトルとして象徴的な意味を持つようだ。世界中のイルカ好きにとって、今や日本の「ダイチ(太地町)」はアウシュビッツと同義語。ユダヤ人大量虐殺並に残酷な日本のイルカ漁を潜入取材し、白日の下にさらすことで愛すべきイルカを解放するのが制作側の目的だ。
議論の渦中にあるそんな問題作が、「東京国際映画祭」(東京・六本木)のプレス向け上映会で20日、各国報道陣に御披露目された。「当初予定されていなかった問題作を強引に押し込んだ形。環境問題に関心を持つ人たちの間で物議を醸してやろうという依田チェアマンの挑戦心を感じます」(映画評論家・前田有一氏)との声もあれば、「たんなる話題作り。その意味では大成功」(映画ライター)との冷めた指摘も。内容は、イルカに取りつかれたリック・オバリーという男性の「世界中のイルカを人間から開放したい」という個人的な夢想を機軸に進行する。かつて著名なイルカ調教師だったオバリー氏は、60年代に人気を博したテレビ番組『わんぱくフリッパー』の制作スタッフとして参加。番組にも何度か出演している。”普通に”イルカ好きだったオバリー氏はある日、撮影に使われた雌イルカ・キャッシーが仕事によるストレスで「自殺」する場面を目撃する。
「私の腕の中で彼女は自ら呼吸するのを止めた。自殺だなんておかしいと思うだろうか。理解してほしい。あれは自殺だった……」
あくまで「自殺」と言いはるオバリー氏は、死にゆくその刹那にキャッシーと目で会話をして意思を通じあわせ、自分がこれまで犯してきた罪の重さに気づく。フリッパー人気によりイルカ・ショーが全米へ広がり、結果的にイルカが捕獲されるようになった責任は自分にあるという解釈だ。こうしてイルカ解放の使命を背負った一人の調教師は、施設で飼育する全てのイルカを海へ逃がそうという暴挙を試み、それが発覚して逮捕をされる。その後もイルカ解放はオバリー氏のライフワークとなり、以来30有余年にわたり太地町のイルカ網を切るなどの迷惑行為を展開中だ。「これまで何度逮捕された?」との仲間の問いに「それは今年の話かい?」とウマイことをいうオバリー氏。満面の笑みである。
そんな氏に共鳴して「入信」してくる同志も多い。太地町のイルカ網切断のミッションに参加した若いサーファーカップルは、イルカに命を助けられて以来の熱烈な信者だ。
「サーフィン中にサメが現れたんだけど、イルカが追突して追い払ってくれた。そのとき彼と僕の目があった。そこで僕らは意志を通じあうことができたんだ」
言葉を使わずテレパシーでイルカと意思を疎通する能力は、彼らイルカ信者に共通する特技だ。一般人には無縁な体験を彼らは口を揃えて証言する。この後も映画に次々と現れる運動賛同者たち(科学者も含む)は、「イルカとは目で会話をするのさ」と真顔で語る。もちろん、それに関する論理的な説明は一切ない。
「体内に水銀を含むイルカを食べることは人体に悪影響。日本政府はこの秘密を隠匿している」という主張にも、厚労省は「60種ごとの魚やイルカの蓄積水銀量を、固体の大きさ分けて細かく公開しています。ネットでも見られますし、妊婦や子どものへの影響にも触れています。映画は見ていませんが情報隠匿といわれても……」(厚労省)と困惑しきりだ。
どうにも思い込みの激しさが目につくこの作品。オーストラリアでは大衆の心をわし掴みしたようだが、各国ではこれをどう見るのか。実は、外国人記者クラブを対象にした試写会が9月に行なわれており、上映後の会見ではオバリー氏と記者らとの間で激しいやりとりが繰り広げられたという。その場にいた通信社スタッフが証言する。
「記者たちの感想は賛否両論。『よくぞ暴いた』と称賛する声もあったが、『食文化の違いを単純化しすぎ』『水銀はマグロにもある。なぜイルカだけ?』『牛や豚は興味ないのか?』『イルカの知能が高いというのは非科学的』など厳しい意見が続いた。詰め寄る記者に『君の意見は後回しだ!』とオバリー氏がブチ切れたときは失笑を買っていた」
あるアメリカ人記者は、「太地町での撮影には環境保護団体グリーンピースと関係が近いジャパンタイムス記者や、イタリアの通信社など3、4社が同行したと聞いている。環境保護ビジネスのプロモーションとしては完璧。これはビジネスだよ」と切り捨てた。また、水銀の有害性を説く役割で出演していた日本人の大学教授が、試写会後に「顔が出るなんて聞いてない!」と激怒する一幕もあったという(本編では教授の顔にだけモザイクがかけられている)。
意外にも(?)冷静な欧米プレス。20日に東京国際映画祭内で行なわれたプレス向け上映会でも、エンドロールで拍手が沸き起こり、滝のように涙を流す白人女性もいた一方、出口で数人から感想を聞いたところ「情緒的すぎる」「科学的説明はほとんどない。論理性が皆無」「イルカフリークの自己満足」とのキツイ回答も多く、厳密な出口調査ではないものの、賛否両論はおおむね同数程度という印象だった。
翌21日に六本木で行なわれたセホイヤス監督の記者会見には、テレビクルーを含む50人近い報道陣が集まったが、そこでも出たのは懐疑的な質問ばかり。「イルカがかわいそうなら、あなたは他の魚も食べないのか」との欧米プレスの質問に「食べない時期もあったが、それでは体に元気が出ないので今は食べている」などと、思わず脱力してしまう身も蓋もない正直な答えも。イルカ愛好家の無邪気さの一端を垣間見る形となった。
映画の影響で「反イルカ漁=反日本」の動きが活発化する一方かと思いきや、思いのほかクールな海外メディア。日本人としてはただひたすらに論理的な報道を願う以外ない。ただ、映画には水産庁職員や地元漁師、水族館の調教師らが”悪役”で顔出し出演しており、こうした人たちへの嫌がらせや、豪州での日系人墓地破壊騒動のような深刻な影響も表面化している。表現の自由を超えたあきらかな事実誤認により、他国の文化を著しく貶める内容に対しては、厚労省や水産庁、外務省らを通じて国としての明確な意思表示も今後検討していくべきだろう。
(文=浮島さとし)
牛だって豚だって鳥だって
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