構想9年、『空気人形』で是枝監督が挑んだ新境地
1995年の初監督作『幻の光』に始まり、『ワンダフルライフ』『誰も知らない』『歩いても 歩いても』など、いずれも国内外で高い評価を受けている是枝裕和監督の最新作『空気人形』が9月26日に公開された。映画好きなら誰もが知る是枝監督だが、今回はこれまでの作風に加えて、いくつか新しい面が見られる。
物語の主人公は、女性の代用品として作られたビニール製の空気人形。そんな彼女にある日突然、心が芽生え、持ち主が仕事に出ている日中、街に繰り出すようになる。そこでさまざま人と出会い、レンタルビデオ店で働く青年に恋をするが……。
原作は「自虐の詩」で知られる漫画家・業田良家の短編漫画「ゴーダ哲学堂 空気人形」。デビュー作『幻の光』は宮本輝原作だが、それ以降は一貫してオリジナル脚本にこだわってきた監督が、「初めて自ら原作ものでやりたいと思った」と発言している作品だ。世に原作ものの映画はごまんとあれど、オリジナル作品が当たり前だと思っていた是枝監督が原作ものに挑むというのは、逆に新しい。
是枝監督は、この漫画に出会った時から映画化を考え、実に9年間も企画を温めて、やっと映画化にこぎつけたという。テレビ演出家時代からこだわってきた「どうやって人と人が関わるか、内面より関係を描きたい」というテーマを描ける題材であり、「自分の好きになった男性に息を吹きこまれる描写が非常にエロティックだった。なおかつ映画的で、今までそういうシーンを撮ってこなかったが、これは撮ってみたいと思った」と語り、「息を介したセックスだから、非常に映画的なセックスシーンになる。ある種のメタファーとしてセックスを撮れるんじゃないか」と、これまで同監督の作品には見られなかったラブシーンにも挑戦している。
撮影=瀧本幹也
また、主演には初めて海外俳優を起用。『子猫をお願い』『リンダ リンダ リンダ』で人気の韓国人女優で、童顔で透明感のある存在のペ・ドゥナが、人形という難しい役どころに挑み、ヌードもいとわない演技を披露している(ペ・ドゥナ自身は、過去にもヌードシーン、ベッドシーンの経験はあるにはあるが)。ほかにも、ホウ・シャオシェンやウォン・カーウァイ作品で知られる台湾の撮影監督リー・ピンビン、『キル・ビル』『イノセンス』『THE 有頂天ホテル』などで日本を代表する美術監督の種田陽平など、スタッフ陣にも新しい顔ぶれが見える。
ドキュメンタリー的手法で撮り上げ、柳楽優弥にカンヌ映画祭主演男優賞をもたらした『誰も知らない』のような作品もあれば、一転して時代劇に挑戦した『花よりもなほ』、ある夏の日の家族を描いたホームドラマ『歩いても 歩いても』など、実は一作ごとに異なるジャンルに挑戦してきた是枝監督。根底に共通するテーマを貫きつつ、作品ごとに新しいチャレンジを忘れない姿勢こそが、日本を飛び越え世界で賞賛される作家としてのゆえんなのかも。これまでの是枝作品を知る人はもちろんだが、「なんとなく難しそうで見たことがない」という人こそ、日本を代表する映画作家の作品を、この機会に押さえておきたい。
文字通り中身は空気だけの空虚な存在の空気人形が、誰かに必要とされたい、好きな人とつながっていたいと願う姿は、現代社会に生きる人々の姿の象徴として描かれているのは明白で、スクリーンの中の彼女に、知らず知らずのうちに幸せを願ってしまうはず。果たして人形にすぎない彼女が、幸せになることはできるのだろうか……? その結末はぜひ劇場で。
(文=eiga.com編集部・浅香義明)
『空気人形』
<http://eiga.com/movie/54423/>
『空気人形』特集
<http://eiga.com/movie/54423/special>
かわいかったな、柳楽クン……。(→現在)
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