「走れ、考えろ、そして行動に移せ!」SABU監督の熱気溢れる『蟹工船』
#映画
やっぱり監督になっていたと思います。コンテを描いたり、脚本を書いたり、
物をつくることが好きなんですよ」と落ち着いた声で話す。
『蟹工船』で働く労働者の先頭に立つ新庄役の松田龍平ですが、SABU監督としては、松田優作さんの遺伝子を受け継ぐ男として意識されたのでは?
「その通りです。実際に会うと彼は松田優作さんそっくりなわけです。感動しましたよ(笑)。松田優作さんは狂気を感じさせる存在でしたが、松田龍平くんは芝居そのものなら、すでに上なんじゃないですか。独特の雰囲気を持ちつつ、きちんとした芝居もできますからね」
SABU監督は役者時代に、松田優作さんとは接点があったんでしょうか?
「えぇ、一度だけですが。オレの住んでたアパートの近くに松田優作さんが来てると聞いて、野次馬で駆け付けたら、フローレンス・ジョイナーと共演した最後のドラマ(89年『華麗なる追跡』)の収録中でした。優作さん、現場で腰を揉んでもらいながら撮影を続けてましたね」
あのドラマも”走る”ことがテーマでした。不思議な縁ですね。SABU作品は”生きる”ために走る男たちが描かれる一方、現状を変えられずに”犬死に”する人も多い。独特な”死生観”が盛り込まれていますが、これは海外マーケットを意識したものでしょうか?
「もともと死生観とかには興味があるんです。海外の映画祭に行くと、幽霊を信じない外国人が多くて面白いですよ。ベルリン映画祭には何度か行ってますが、ドイツ人は死後の世界を信じてないんです。あれだけ戦争で悲惨なことが起きた国ですが、実存主義の国だからか、幽霊を見ないらしい。『MONDAY』では黄泉の国の人々のイメージで白塗りの大駱駝艦に出てもらっているんですが、『あの舞踏の人たちは一体……?』とか尋ねられるんです(笑)。ドイツの人って幽霊は信じないけど、日本文化びいきだったりする。国によって反応が違って、面白いですよ。ボク自身は心霊写真とか興味津々なんですけどね(笑)」
SABU監督がつくる、走るホラー映画も観てみたいです(笑)。
「あぁ、面白いかもしれませんね(笑)」
『蟹工船』の完成披露の会見で、SABU監督が記者たちに向かって「みなさんも社会の歯車のひとつになってください」という言葉が耳に残っているんですが……。
「社会の歯車、というと聞こえが悪いかもしれませんが、考え方次第だと思うんです。映画づくりも、脚本があって、スタッフとキャストがそろうことで大きな歯車が動き、撮影が終わったら、編集、そして宣伝活動、劇場公開と歯車が続いていく。どの歯車がひとつでも、うまく噛み合わなかったら、映画ってうまく行かないものです。一人ひとりの力が合わさって、初めて成功するわけです。今回、いろいろ各地を回ってインタビューを受けているんですが、『SABU監督のファンです。新作も面白く拝見しました』なんて記者の方が言って下さるわけです。でも、出来上がった誌面を見たら、『ルーキーズ』が大きくバーンと紹介されていて、ボクの作品は下のほうに小っちゃく出てる(苦笑)。まず、記者のみなさんには自分たちの誌面を変えることからやってほしいなと。それで自分たちの好きな作品、応援したい作品を大きく扱えるようになれば、仕事も楽しくなるわけじゃないですか。あの~、『ルーキーズ』という作品名は、たまたま引き合いに出しただけですよ。観てないから何も言えないんですけど(笑)」
SABU作品もキャストがどんどん豪華になっていますが、メジャーなものとマイナーなものとの境界は、どのように考えでしょうか?
「キャストに関しては、メジャーもマイナーもないんじゃないですか。今はみんなテレビに出てますよね。昔は『絶対、テレビには出ない』とかっていう役者さんがいましたけど、もうそういうのはないでしょう。メジャーかマイナーかというより、芝居がうまいか下手かはあるので、その点はこだわりたいですね」
デビュー以来、ずっと走り続けたことで、ずいぶん走りながら見える風景もステージも変わってきたのではないでしょうか。今後もSABU監督は走り続けるんでしょうか?
「日本で映画をつくる場合、どうしても原作ものの依頼が多いので、それはそれで面白いと思っています。自分の持ってない世界を描くチャンスですから。缶詰工場を舞台にしたドラマなんて、自分の頭では思い付けませんでした。それに映画監督は作品を撮ってナンボですし。オリジナル脚本の企画は海外で考えています。1本、海外ロケで海外のスタッフとキャストのものを来年あたりやろうと進めています。ファンはどうしても昔みたいな作品を望むでしょうが、マンネリに陥りがちになるので、ファンの期待に応えつつもそういう状況から、どう突破口を切り開いていくかですね。マンネリを打破するため、自分自身が考えて考えて……、ですよ(笑)」
穏やかな表情を見せているSABU監督だが、言葉を発する脳幹あたりには自作に対する自負と情熱がガンガンと溢れ出しているのが感じられた。その一方、脳の片隅には、すでに新しい企画のスタートラインに向かっている、もう一人のSABU監督もいるようだ。いつだってSABU監督は走り続けている。彼の走った線を、スタッフとキャストが続けばそれは面になる。さらに観客が続けば、その面は時代の扉となり、世界中にきっと大きなうねりが生じるはずだ。
(取材・文=長野辰次)
『蟹工船』
原作/小林多喜二
脚本・監督/SABU
出演/松田龍平、西島秀俊、高良健吾、新井浩文、柄本時生、木下隆行(TKO)、木本武宏(TKO)
配給/IMJエンタテインメント
7月4日(土)より渋谷シネマライズ、テアトル新宿ほか全国ロードショー公開
http://kanikosen.jp/pc/
●SABU
1964年和歌山県生まれ。『そろばんずく』(86)で俳優デビュー。大友克彦監督の実写映画『ワールド・アパートメント・ホラー』(91)では主演を果たした。脚本・監督作品『弾丸ランナー』(96)では、ベルリン映画祭に出品された他、全米で公開され高く評価される。また同作でヨコハマ映画祭新人監督賞を受賞。第4作『MONDAY』(99)はベルリン映画祭国際批評家連盟賞を受賞。第6作『幸福の鐘』(02)はベルリン映画祭NETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を受賞。重松清の同名小説を映画化した『疾走』(05)に続き、『蟹工船』は2作目となるベストセラー小説の映像化だ。
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