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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.13

風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』

chaser01.jpg性行為よりも殺人に快感を覚える連続殺人鬼(ハ・ジョンウ:写真右)を世間から”ゴミ”
呼ばわりされているデリヘル店長(キム・ユンソク)が追う。社会に居場所のない者同
士が、闇夜の住宅街でデッドヒートを繰り広げる。
(C) 2008 BIG HOUSE / VANTAGE HOLDINGS. All Rights Reserved.

 カルピスのつもりで飲んでみたら、中身はマッコリだった。最近の生ぬるいシネコン向け日本映画に慣れ切っていると、韓国映画『チェイサー』にはそのくらいの衝撃のカウンターパンチをくらうだろう。資産家や美形の風俗嬢をターゲットに、遺体の身元が判明しただけでも21人を殺害したユ・ヨンチョル事件(2004年7月逮捕)をベースにしたハードコア犯罪映画だ。ノンスター映画でしかもR-18指定ながら、韓国で500万人以上を動員したというから尋常ではない。呼び出したデリヘル嬢を監禁殺害する殺人鬼を、携帯電話の着信履歴を手掛かりにデリヘル店長が鬼の形相で追い掛けるという、極めてシンプルかつストレートなサスペンスドラマなのだ。

chaser023.jpgデリヘル嬢のミジン(ソ・ヨンヒ)が呼ばれた先は、
殺人鬼の住む家だった。映画のモデルとなった殺
人鬼ユ・ヨンチョルは教会のある住宅街で犯行を繰
り返し、「神の近くにいても加護はないことを知らし
めるため」と供述している。

 売春婦を狙った”切り裂きジャック”事件が迷宮入りしたように、動機のない快楽殺人は犯人の足取りが掴みづらく、連続殺人に繋がることが多い。デリヘル嬢ミジン(ソ・ヨンヒ)を浴室に監禁し、白ブリーフ姿で金槌とノミを手にした殺人鬼ヨンミン(ハ・ジョンウ)の薄ら笑いが不気味すぎる。事件を追うデリヘル店長ジュンホ(キム・ユンソク)も”正義”なんて心は持ち合わせていない。デリヘル嬢が次々と失踪しているのは、ライバル店が引き抜いているからに違いないという怒りで追跡しているだけ。また一度は捕まえたヨンミンが「女たちを殺した」と自供しているにも関わらず、警察は物的証拠がないからと釈放し、さらなる惨劇を招いてしまう。まさに救いなし。劇中の舞台と同じ地名のソウル市マンウォン町は、映画の公開後に地価が下がってしまうほどの騒ぎになったそうだ。

 本作で長編デビューを果たしたのは、ナ・ホンジン監督。知り合いの刑事と酒を飲み交わすことでユ・ヨンチョル事件にまつわる警察の内部事情を聞き出し、脚本を練り上げている。また、36時間ぶっ続けによるアクションシーンの撮影を一度だけでなく何度も行なうなど、笑いの少ない現場だったらしい。刑事崩れのデリヘル店長を熱演したことで、助演俳優からトップ俳優に一躍昇格したキム・ユンソクだが、「地獄から抜け出した男に向かって、またどん底に戻れというのか」と犯罪映画への出演は当分見送りたいと公言している。ホンジン監督が『追撃者(原題)』ではなく、『地獄』というタイトルに変更したいと話しているのも、現場の雰囲気が脳裏にあってのことなのだろう。

 韓国の料理店に入ると、食べ切れない量と種類の料理がテーブル狭しと並べられ、韓国人のハンパないサービス精神にほとほと感心させられる。お客を腹いっぱいにさせることが韓国流の礼儀なのだ。夏に熱々のサムゲタンを飲み干すことで涼を感じ、冬に氷の浮いた冷麺を食べることで体をポカポカさせると聞いたときも、韓国と日本の食文化の違いにびっくりしたが、今回の『チェイサー』にも似たような驚きがある。やるときは徹底的にやる! とことんやる! 好き嫌いは別にして、ここまで妥協なしで完成させられた作品は、まず今の日本映画界ではお目にかかれない。

 ナ・ホンジン監督いわく、本作は2003~2004年に起きたユ・ヨンチョル事件とは別に、もうひとつ大きな影響を受けた事件があるとのこと。同時期に起きたイラク人質殺害事件だ。2004年6月、イラクの武装勢力に拉致された韓国人貿易会社員が殺害され、その映像は世界中を震撼させた。「拉致された人たちは、その間どんなに助かりたいと切望していたことか。その一方で、周囲からはほとんど気付かれず、忘れ去られたのではないか……。その落差に心が痛んだ」とホンジン監督はユ・ヨンチョル事件で殺された被害者たちとイラク人質事件の犠牲者が共に味わったであろう”絶望感”について語っている。

 日本でも小泉純一郎首相(当時)が「テロに屈することはできない。自衛隊は撤退しない」と言い放ち、自国民を見殺しにしている。閉じ込められた暗闇の中で、ほんのわずかな希望すら抱くことができないという恐怖。これ以上の恐怖はあるのだろうか。

 絶望という名の闇夜でうごめく人間の形をした獣たちを、緊張感みなぎる映像で追い掛けた『チェイサー』。映画を見終わった後、「新大久保で一杯やろうぜ」とは口にしにくい重みが残る。しかし、この作品は絶望をとことんまで突き詰めて描くことで、ギミックを多用し袋小路に迷い込んでいた韓国映画界に一筋の光を灯してみせた。CG頼みで観客に飽きられたしまったハリウッドも、本作のリメイク権に飛びついている。日本映画界にも少なからず影響を与えるはずだ。

 暴力シーンが多いことからR-18指定を勧告してきた映倫に対して、日本の配給担当者は粘りに粘り、終盤の鮮血シーンの色調を抑えることで日本でのノーカット上映(R-15)に漕ぎ着けている。精魂を振り絞って作品を完成させたナ・ホンジン監督ら韓国のキャスト&スタッフに対して、今の日本の映画界ができる最低限の礼儀だろう。
(文=長野辰次)

●『チェイサー』
監督・脚本/ナ・ホンジン
撮影/イ・ソンジェ
出演/キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ソ・ヨンヒ、キム・ユジョン、チョン・インギ、チェ・ジョンウ、ミン・ギョンジン、パク・ヒョジュ、ク・ボヌン
配給/クロックワークス、アスミック・エース
新宿シネマスクエアとうきゅう他、全国公開中。R-15
http://www.chaser-movie.com

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最終更新:2012/04/08 23:05
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